2016年06月25日

昨日から絶食

今日はのっけに尾籠な話をするので、お食事前の方は始めの六行分を読まないか後でお読みください。
どうも帰りに買った駅弁があたったのか、一昨日の晩はお腹がぐるぐるして眠れず昨日は酷い下痢をして食欲がないまま整体に行ってジモン先生から「手術前はお腹のほうをキレイにしておきましょうね」と言われて腹部に強烈なマッサージをされ、帰って来たら下痢はますます激しくなるも、熱と痛みはゼンゼンないから何とかブログを書き終えて、早めに寝たら一時間置きに下痢と嘔吐で叩き起こされる始末。脱水状態になりそうな感じで夜明けを迎え、塩湯とポカリスエットで口を潤すも水下痢が止まらないので市販の正露丸糖衣錠を呑み、少し治まって来たところでケータイを見たら旧友のモリから「ひどすぎない〜!?」というメールが来ていて、なぜ私の体調を知ってるんだろう?と思って中身を読んだら英国のEU離脱問題でした(-。-;)
そんなわけで電話をしてこの件についていろいろと話し合ったところ、「これでアメリカもあの恐ろしいトランプを選んじゃうような気がするのよね。ほら、イギリスにも同じような人がいたじゃない」とモリがいうのは離脱派を煽ったジョンソン前ロンドン市長のことらしく、「本当に身勝手な白人のホンネって、やっぱり自分たちだけがエライと思ってるのよ」と言わしめるのは長期にわたる米滞在での苦々しい想い出なのだろう。私はまあ英国の島国根性が出ちゃったんだろうという気がするが、今はどこの国でも極右がのさばりだしていて、それは近代国家の存在意義がなくなりつつあることの反動であり、もうそれだけでも時計の針を巻き戻しにかかるアホな連中なのだけれど、今度の件で極右のルペン党首が勢いづいてフランスでも国民投票をしろと騒いでいるし、現職のオランド大統領が労働法改正でミソをつけて自らの支持者であったはずの労働者の期待を大きく裏切る結果になった昨今の様子からすると、この国もどうなるかわからないよね〜EUを離脱したがってる人の多い国は他にも例えばギリシャとかあるだろうし、とにかく今度の件でEU瓦解に発展する可能性はゼロではないから、この間EU関連で何かと奔走していたメルケルさんなんか本当にお気の毒としかいいいようがない。
「それにしても、一番アホなのは国民投票に持ち込んだキャメロンよね〜世界中が大混乱に陥る騒ぎを引き起こしといて、あんたは辞任するだけで済むわけ!と言いたくなっちゃうわよ。彼は自国民がこんなアホな結論を出すとは思わなかったみたいだけど、それを想像できなかった分アホなのよ」と私。ちなみに私のアホの定義は「理解力と想像力に乏しい人」であります。
「キャメロンなんて所詮エリートだからねえ」とモリ。「そうなのよ。EU離脱の背景にはもちろん難民を抱えるリスクや、移民に仕事を取られる問題とか、EUを仕切るドイツに対する反発とか色んな要因はあったと思うけど、あれだけ多くの人が離脱に共鳴したのはきっと潜在的な不満がいっきに噴きだしたんだわねえ。つまりグローバル化でホントに恵まれてるのは今はまだ一握りのエリート層でしかないという意識が、その恩恵からこぼれ落ちた人には必ずあるはずなのよ。今日のグローバル化は金融資本主義が主導してるわけだし、そのメッカのロンドンを抱える英国が反旗を翻したのだから皮肉な話だけど、そうした恩恵に少しも与れないと感じる人たちが、この際いっそ自国の金融経済がズタズタになろうがどうしようが、自分たちが行使できる一票で現状ををひっくり返したいと思ったんじゃないのかしら。盤上ゲームで負けが込むと、盤ごとひっくり返すかパイやカードや駒をぐちゃぐちゃにしたがるような衝動は、どんな人にもどんな時代にもあるわけで、いわば「持たざる」人たちは常に捨て身だから決して侮れないのに、彼らにEU離脱の経済的な損得勘定だけを理解させれば説き伏せられると思い込んだキャメロンはやっぱりアホだったのよ」と私は弱ったカラダでまくし立てたのでした(-.-;)y-゜゜


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2016年06月24日

三陸・下北行

23日は朝からイタコNさんのご自宅にお邪魔して口寄せをしてもらう。ごくふつうの外観をした家に居住されているNさんは盲目の高齢女性で、見るからに優しいお婆さんといったふぜいであり、口寄せされた亡母も生前よりはるかに優しい人格で登場し、降霊の形を取った一種の占いといった感じで近い将来における禍除けのお告げが何かとあったから、一応そのお告げには注意を払いたい気持ちになった。降霊の最中は仏教徒も神道ともつかず離れずの色んな呪文が何度も繰り返し唱えられて、さまざまな道具が用いられる。中でも鹿か何か動物の骨を取りつけた長い数珠はいかにもシャーマニズムといったものの名残を窺わせて興味深かった。許可を得てNさんの写真を何枚か撮らせてもらったが、ブログにアップするのはさすがに控えさせてもらいます。
Nさん宅からは比較的近い名勝の種差海岸を訪れた。そこから鳴き砂で知られる大須賀浜、太平洋を眼下に見渡す葦毛崎の展望台を経て蕪島へ。種差海岸は天然芝がびっしりと岸辺を覆い、高山植物でもあるニッコウキスゲが波打ち際に花盛りといった、これまたこの地方ならではのいささかフシギな景観が楽しめた。蕪島はウミネコの繁殖地としてつとに名高いが、去年島のシンボルだった神社が焼失した後は夥しい数のウミネコがわが物で島を占領し、この時期ちょうどヒナが誕生したばかりとあって、微笑ましくもメチャメチャ騒々しいウミネコファミリーの生態を間近に見ることができた。鳥居や柵の上を等間隔で埋め尽くした光景は正直ヒッチコックの「鳥」を想い出させるコワサがありました(◎-◎;)


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2016年06月24日

三陸・下北行

今朝はBBCで直前予想を裏切るような開票結果が相次ぐのを、ええっ!これってヤバクないすか〜と見ていたら、ホントにヤバイ結果になって世界に激震が走るなかで(@_@;) 今夜のブログはとにかく初の青森行についてのみ触れたいと思います(^^ゞ
ところで青森県と一口にいっても、太平洋側と日本海側とでは気象もコトバもかなり違うようだし、安土桃山時代から幕末に至るまで領主も南部氏と津軽氏に分かれていたから必ずしも仲良し関係ではないらしい。というわけで次回はぜひ日本海側の津軽方面にも!と思いつつ、今回は八戸と五戸で高校生のための講演をした前後に太平洋側の三陸・下北半島の旅行を満喫した次第。
まず21日は正午に八戸駅に着くなり、そのままタクシーでまっすぐ北上して恐山へ。この行程がなんと大宮から新幹線で八戸へ行くよりもっと時間がかかったのはいささかビックリで(!_+) 同行した一ツ橋文芸協会の田村さんも集英社の伊藤さんも、私と同じく恐山の正確な位置関係をこれまで知らずにいたのを痛感させられる格好だった。クルマは新緑に囲まれて今が穫り入れ時のニンニク畑やヒバ林を横目にビュンビュン飛ばせどいつになっても到着せず、陸奥湾に沿って走行しながらそろそろトイレ休憩が必要な段階でも、「恐山はあの裏側になるんですよ」と二番目の写真に映った遙か先にある山を指さされた時は愕然としたものだ。山近くからはヒバの樹海をかいくぐって延々と登り、さらに今度はずうっと下り続けたら突如ぽっかりと開けたエリアに出て、目の前にエメラルドブルーの湖と湖を取り巻く奇体な山々と大寺院の山門とその後背に広がる荒涼とした大地が一度に目に飛び込んで何やらフシギな雰囲気に包まれた。恐山の霊場とは要するに湖を含んだカルデラだと了解されるも、賽の河原よろしく至る所で小石が積まれてその横に風車が添えてあるのは寺山修司や鈴木清順の映画を見るような妙に現実離れのした独特の風景であり、硫黄ガスがあたりに充満していることもまた異様なムードの演出に貢献している。恐山といえば即イタコさんが思い浮かぶとはいえ、ここで口寄せをなさるのはごく限られたシーズンらしい。そんなわけでイタコさんをご自宅に訪ねたのは講演の次の日だった。この日は講演の主催者でもある地元の新聞社の方に吉田類も紹介している居酒屋「ばんや」でご馳走になり、帆立貝の刺身やキンキの煮付けなど料理いずれも大変美味しく戴いたが、生ウニをどっさり食べてから、これまたウニと鮑がどっさり入ったいちご煮が出て来て、この夜は短時間に最も沢山のウニが食べられたわが人生の記念すべき一夜と相成りました\(^O^)/さすが日本有数の漁港八戸では、翌日の晩ご飯をご馳走になった鮨店「ほそ畑」ともども美味とリーズナブルさを兼ね備えた点では東京からわざわざ新幹線で行っても十分元は取れちゃう感じでしょうか。


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2016年06月20日

ぬた、高野豆腐、茄子のおひたし、お茶漬け

美容院の帰りに大宮ルミネの総菜売り場でゲット。
明日から講演で青森に出張するため今晩の料理はカットしました。
2 2 日に八戸と五戸の高校で講演する予定だが、昔から青森県は何かと興味津々の土地で、今回せっかく初めて訪れるのだから、明日はまず恐山に行きたい!という希望を主催者側が叶えてくださるのであった。イタコさんを通じて亡き母と父のことについても話したいものである。ところで大宮を九時半に発てば十二時にはもう八戸に着くという近さにはちょっとビックリした。ちょうど京都に行くのと同じくらいだし、それにつけても大宮駅の近くに住んでるのってどこへ行くにも何てベンリなんだろう\(^O^)/私はいつでもどこでも住めばミヤコ感覚になっちゃうタイプとはいえ、取材や講演で各地を回る機会が多い人間にとってこんなに打ってつけの住まいはないのでした。そんなわけで、明日から二泊三日の旅行となりますのでその間のブログの更新は休止として、24日に再開とさせて戴きます<(_ _)>23日の英国国民投票の行方も気になるところではありますが(-.-;)y-゜゜


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2016年06月19日

刺身の盛り合わせ、稲庭うどん、魚三種のハーブ焼き、ゴボウのフリット他

大宮東口の「とらぬ狸」で翻訳家の松岡和子さんと旧クラブの馬友オペラ歌手のSさんと会食。
今週は今のクラブにオペラ歌手のSさんがビジターでお越しになって「ここどこ?軽井沢なの?ええっ!まるで日本じゃないみたい。何だか岩波文庫の挿絵みたいな風景じゃん。どうなってんのココ!」とクラブの雰囲気に大コーフンで部班レッスンに参加。小柄な優等生鹿毛ボー君に騎乗して快走し、「この馬モノスゴク可愛い!」とまたまた大コーフンで、馬に馴れてるのがわかったせいだろうか、インストラクターのY先生もごくフツーに「じゃ、あと洗っといてください。ここに道具そろってますから」と言われて、なんとビジターなのにボー君を嬉々として丸洗いなさっていたのにはオドロキでした(!_+) オドロキといえば、私は手術前の騎乗姿勢がどんなだったかを映像に残しておきたいからSさんに写メ録画を頼んで、いつも通りデカ鹿毛オー君に騎乗し、A1課目の径路を何度か繰り返し、ようやくイイ感じで乗れてきたかな〜と思った瞬間、オー君が突然に横っ飛びして馬体を斜めらせて猛然とダッシュしたから堪らない。ついに落馬して、その一部始終をバッチリ録画されてしまいましたf(^ー^; 私は一体何事が起きたのかさっぱりわからない状態で落馬したあと片足がアブミから外れず少し引きずられるなどしてひやっとしたものの、カラダにさほどの痛みは感じなかったので、S先生に言われて、すぐにまたオー君に乗り直し、さすがにその後は常歩と速歩少々でレッスンを終えた次第。聞けばどうやら隣の馬場で蹄跡の直線コースにおける伸長駈歩の際に尋常でなく暴走しちゃった馬につられて走っちゃったらしく、あとで録画を見たら私は相当ヒドイ落ち方をしていて、それでもケガなくて済んだのはエアーバック式のプロテクターのお陰だろうと思う。というわけで今週の2鞍目はさすがにS先生からオー君でなくボー君に乗るよう勧められて、ケガしなかったせいか、そう怖さも感じずに乗れたのは何よりで、「直後だから駈歩は止めておきましょう」と最初は仰言っていたS先生も結局は「じゃ輪乗りで少しだけ駈歩も」ということになり、落馬のあと何とか駈歩まで持って行けたことにはホッとした次第。とはいえS先生には「まだやっぱりちょっと腰が引けてますねえ」と言われて、騎乗の際は絶えず馬に前進気勢を求めて集中させないと却って走られちゃうことになるんだと注意を受けるも、駈歩してる馬にさらなる前進気勢を要求するのってよほど馬をがっちりつかめてる感じでないと出来ないし、オー君では何度かがっちりつかめた感があったものの、今回はようやくつかみかけた感じの時に急に横っ飛びされたために敢えなく落馬したのでした(/_;)ともあれ、うちのクラブには松岡さんも常々来たいと仰言っていて、それは松岡さんの先生とS先生が知り合いであることのほかに、松岡さんの愛馬ダイゴ君とオー君が共に中央競馬のスプリンターであったサクラバクシンオーの息子で、兄弟関係にあるからだった。そんなわけで、今日はオー君のイケナイ性格として物見をしてビックリしたり他の馬が気になることだと話したら「そう、ダイゴもそういうとこあるから手綱を弛めないでしっかり集中させないといけないと言われるのよ」とのこと。さらにオー君と私のツーショットを見せたところ「ねえ、顔立ちも似てるわよ」と徐ろに写メを取り出されて見たら、毛色は違うけれど顔立ちは確かによく似ていて、やっぱり血は争えないよな〜という気がしてお互い何だか嬉しくなっちゃったのでした。そんなわけで松岡さんも近々是非ビジターでという話になったら、その時は私もまた一緒に是非!とSさんも大乗気なのでした(*^^)v


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