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2015年12月01日

鴨ロースのガレットほか

大宮ルミネ内の「サブリエ」で馬トモ人事部のSさんと食事。Sさんは社員旅行で金沢に行かれた帰りに大宮へお立ち寄りになって、お土産をどっさり頂戴し <(_ _)>やっぱ新幹線が停まる駅って得なことあるよね〜と思いました(^^ゞ「金沢はもう京都への道まっしぐらって感じですよね〜ガイジンさんでいっぱいだし、着物で写真撮るサービスなんかもいっぱいあってビックリしちゃいました!」とは久々に訪れたSさんのご感想で、「川の感じも山並みの感じもホントよく似てるもんねえ。写真見たらどっちがどっちか私もわからないわよ」なんて頼りないことをいうワタシf(^ー^; ともあれ今日から師走に突入とあって、随分と押し詰まった時期の社員旅行だよね〜と言いつつも、ワタシも人のことを言えないのは仕事がらみでこれから年内に3度も旅行するからでした。そんなわけで師走って毎年なんだかんだでバタバタしちゃってホント年が越せるんだろうか(@_@;)という気持ちになるのはご多分に洩れずといったところでしょうか。COP21の様子を見ていたら、人類全体が地球規模でもはや師走に突入しちゃってる観を各国首脳もようやく共有なさりつつあるようで、もはや手遅れ感も否めないとはいえ、生物としての存続を懸けた努力が何とか始まるのかもしれません。今回は各国政府首脳ばかりでなくチャールズ皇太子やビル・ゲーツの姿も見えたのはちょっと意外で、日本以外のTV報道では今や中国と反比例して日本の影が世界ですっかり薄くなってしまったのを如実に感じられました(-.-;)y-゜゜


コメント(1)

間に遭わなかった?。一年くらい経ちました。間に合うようにと届けたコメントは間に合わなかったのでしょうか?。
 反論や攻撃を期待して入れました。
 ピンと来なければ私の一人芝居で全く問題ありません。
元の人の反論が来ないのは私のいやな予感が当たってる?と怖いです。

投稿者 nao : 2015年12月02日 01:09



2015年12月02日

鶏団子とほうれん草のスープ煮、かぶらずし、イワシのこんか漬け

スープ煮はQPで見た料理。鶏ひき肉に塩、生姜汁、酒、卵、水少々、カタクリ粉を練り込んで熱しただし汁に落とし、斜め薄切りにした長ネギを入れ、溶き卵と茹でたほうれん草を加え、塩胡椒で調味。かぶらずしとイワシのこんか漬けは昨日馬トモ人事部のSさんから頂戴したのを美味しく戴きました<(_ _)>こんか漬けとは漢字で小糠漬けと書くようで、福井県で食べて大好物になったヘシコと同種の食品でした(*^^)v
結局のところ空爆は何の問題解決にもならないであろう、ということは誰もが承知の上で、やはり同盟国には参軍表明しないとマズイような雰囲気が徐々に各国で醸成されていく欧州情勢を見ていると、集団的自衛権みたいなものの危うさを改めて強く感じるが、英国では市民やマスコミの反発も思いのほか激しいので、これにはブレア元首相が9.11でブッシュのポチみたいに振る舞ったことに対するアレルギーが根強くあるのかも?と思ってしまう。とにかくこの21世紀型の戦争は拠点を叩けばそれで解決するわけでもないし、降伏って誰が表明するのかもわからないし、むしろ叩けば叩くほど文字通り蜘蛛の子を散らすようにテロリストが拡散するだけなのだから、一般市民の多くには触らぬ神に祟りなしという本音もあれば、根本的な解決は迂遠なようでも人道に則ったものでしかあり得ないという冷静な判断が働くものと思われる。にもかかわらず、振りあげた拳を引っ込められないようなムードが醸成されていく背景が各国共にあるわけで、何処の国も、いつの時代も、そうしたムードを作りだす輩が地球上で結果的に一番の迷惑をもたらす害獣になるという認識をしっかり持っておいたほうがいいかもしれません(-.-;)y-゜゜


コメント(1)

叩けば叩くほどという言葉に納得しています。どうすれば良いのかはわかりませんが、ISがほくそ笑むのが移民を認めないことなのか?とマスコミから教えて貰えました。
 それで何かが変わるわけではないのですが、注意してなるべく関わりたくないのは本音です。でもこれからは移民や難民に来るなとは言うまいと思います。
 ただやって当然とか、感謝する必要が無いと言うのは。偽善かもしれないけど助けられてありがとうと言うのは普通のコミュニケーションですが、して貰って当たり前、思うのは自由だと思いますが言うと相手が腹が立つくらいは考えるほうが良いと思います。

投稿者 nao : 2015年12月02日 23:33



2015年12月03日

ブロッコリーとひじきの和風パスタ

QPで見た料理。ニンニクのみじん切りと鷹の爪を入れたオリーブ油でひき肉を炒め、味噌酒砂糖醤油で肉みそ風に味付けし、茹でたパスタとブロッコリーと戻したひじきを加えて炒め合わせるだけ。パスタは茹で時間を指定より短めにして、炒め合わせる時にゆで汁を加えること。ブロッコリーはパスタと一緒にじっくり茹でること。ひじきは長ひじきを使うこと。簡単ヘルシーでリーズナブルなパスタ料理。最近のQPは安上がりに出来るメニューが多くて結構です。
朝のニュースを見た時は場所が障害者施設だけにアメリカの銃社会もとうとう来るとこまで来たように感じられた事件が、夜見たらテロだった疑いもあるようだから、これでますます銃武装を正当化する人が増えそうに思われたのは、先日見たCNNでフランスのテロ事件直後のトランプ大統領候補の発言を聞いたからである。あの場で誰かが銃を持っていたらあれほどの大惨事にはならなかったはずだ!という彼のトンデモ発言に拍手喝采した共和党支持者を見た時は、あんた達はもう国内で殺し合いして勝手に滅んでちょうだい!としか思えなかった。みんなが武装しないと不安になるというのは西部開拓時代とちっとも変わっていないことになるので、超近代化した社会でそんなふうになるのはいわば一種の集団ヒステリー状態のようにも思える。米国滞在の長い旧友のモリがかつて9.11直後の非常に悪い雰囲気を話してくれたことがあるが、テロの危険性が高まる今もだんだんそうなりつつあるのかもしれない。このところの欧米情勢を見ていると何だかんだいって日本はまだ平和だよな〜と思わざるを得ず、平和ボケでもまだそのほうがいいのかも、と、また思わずにはいられないのでした(-.-;)y-゜゜




2015年12月04日

中華前菜、ふかひれスープ、白身魚揚げチリソース、北京ダック、翡翠湯麺、点心ほか

大宮そごう内の銀座アスターで講談社の堀さんと会食。堀さんは産休明けのご挨拶とあって、この間何かと他社から聞いて気になっていた社内事情をお伺いした次第。
まず文芸局が消滅した(!_+)という話を聞いて、オイオイ大丈夫なんだろうか(¨;) と思っていたが、これは局の名称がなくなったというだけで実体は存続し、それほど大きな変化はないものの、人員のダウンサイジング化を図りやすい組織に改編しようと試みられている様子は如実に窺えた。それより驚いたのは発行雑誌が激減していることで、結果的にむしろ広告局のほうが消滅したらしく、広告の受け皿として各出版社から雑誌が続々と創刊されていた時代をフリーライターとして過ごしていた私にはまさに隔世の感があって、出版不況の現状が改めて実感された。
それにしてもこの業界はマスコミの一種でもあるのだから、あらゆる業界に流通革命が起きているのを当然知っていたはずなのに、旧態依然とした流通システムを維持し続けたのは、経営のグランドデザインが描ける人材によほど乏しかった証拠ではなかろうか。世襲社長が多い業界なので、経営的な才能を備えた人が入社する可能性は低いということもありそうだ。おまけにそもそも同じ出版といっても各社の業態が違いすぎるので、この激動の時代に護送船団方式で足並みを揃えることすらできないのは致命的かもしれない。最近でも図書館の貸し出しに対してどういう対応を取るかについて、新刊書は書店で買って貰いたい出版社もあれば、図書館に納入することを目的としている出版社もあるので、「ゼンゼン話がまとまらないのは無理もないんですよね」と堀さん。それを聞いて私がむしろフシギに思えて来たのは、江戸時代にあった書物問屋と地本問屋の区別が果たしていつ消滅したのかということだ。書物問屋とは例えば医学書とかを出すお堅い本屋で、こういう本は少ない発行部数でもペイするように高額設定だから図書館納入を目的にして当然だし、地本問屋とは庶民の興味をそそる出版物を出す蔦屋重三郎のような本屋である。もちろん兼ねるのもアリで、蔦屋もある時期から兼ねていた。現代だと講談社とか小学館は完全に兼ねる部類だろう。日本が近代の夜明けを迎えた時点で最初からこの両者の区別は完全に意識されなくなったのだろうか?どこの国にも今はそういう区別がないんだろうか?なんてことがメチャメチャ気になってきたのであります(-.-;)y-゜゜




2015年12月05日

塩麹豚とキャベツと丹波シメジの炒め物

守部さんから頂戴した塩麹に漬け込んだ厚切りの豚ロース肉を食べやすく切って炒め、ざく切りのキャベツと丹波シメジを炒め合わせて塩胡椒で調味しただけ。醤油は使ってないが塩麹が焦げて茶色く色づいた。ふつうの二倍くらいの大きさの丹波シメジは近年関東でもわりと出まわるようにはなっていたが、今日は近所のマルエツで別にふつうのと変わらないくらいのお値段だった (!_+) ので即ゲットした次第。こと食料品に関する物流の進化って物凄いものがあるよな〜と思うこと頻りの今日この頃です。
今週は近ごろに珍しく家でずっと仕事をしていたにもかかわらず、意外にニュースをじっくり見ている余裕がなく、気分的にどうも慌ただしい感じだったのは仕事ばかりでなく忘年会とかも含め色んな連絡がどどっと押し寄せたのと、来週再来週が出張でえらくバタバタするため、とにかく今抱えている『料理通異聞』のゲラ入稿に向けて何とかキリのいいところまで仕上げたいのに夢中になって、気がついたらええっ!こんな時間(@_@;)ということが結構あったせいだろう。ふつうは暗くなるのに気づいて一段落するのだが、今はなまじ陽の落ちるのが早いせいで、まだこんな時間か〜とか思っているうちに止めるきっかけを逃すようだ。ゲラ直しも大きな改変はPC上でやっていて、PC画面を見ていると余計に時間の感覚が無くなるのだろう。ともあれ今年も残すところあとわずかですので、皆さんお互い年の瀬に向かって駈け抜けましょう(^^)/




2015年12月06日

揚げ茄子の甘酢和え、海老しんじょの湯葉巻き揚げ、大根の煮物、ぴり辛こんにゃく

乗馬の帰りに大宮ルミネの総菜売り場でゲット。
師走でこれから大忙しになりそうな今週末も乗馬は欠かせずやはり2レッスンを受講。
1鞍目は気のイイ10歳サラ鹿毛オー君で、これがなんとカドリールの径路練習したというのを前のクラブの方が知られたらさぞや驚かれることでしょう(^^ゞ カドリールというのは馬のシンクロみたいな競技で、前のクラブでは結構コレが盛んで、私も見る分には面白いけど、まさか自分がやることになろうとは夢にも思わなかったのでしたf(^ー^;
実は今度のクラブは来年がたまたま創立二〇周年に当たって、一月下旬に記念イベントがあり、「松井さんもそれには是非ご参加下さいね」と前から言われてはいたのだが、当クラブでも乗馬歴が割合浅い人を中心にカドリールをすることになって「そのチームリーダーをお願いします」とのムチャ振りにはさすがにビックリポンでした(@_@;)文字通りの四人編成で、MさんとKさんとは既に顔を合わせてお話しはしていても部班を組んだことはまだ一度もないし、Tさんに至っては顔も浮かばない方なのに、それでひと月後にカドリールをするってどうよ!なんだけれど、Y先生に渡された径路は極めてシンプルだし、ここの馬たちはどの子も馬場的な調教がとてもよく出来ていて、コーナーはこちらの外方脚がラチにすれるくらいギリギリ攻めてくれるし、馬同士は概ねみんな仲が良いし、先生に聞いた通りにすればどんな合図にもきちんと従ってくれるので、まあ、みんなで合わせる時間さえあればナントカなるかも、とO君と独りで径路を回った分には思えたのだった。で、音楽はEXILEなんかが踊りの曲だから乗りやすいかもしれませんねえ、なんて適当に私が言ったら、「じゃチューチュートレインで千手観音しましょう!」とMさんが盛り上がられて、衣裳には金をかけずにEXILEだから黒に統一という感じで、等々とTさんのお顔を拝見しないうちに決まってしまったのだった。Tさんはクラブ歴も乗馬歴もそこそこある方らしいので、Tさんがリーダーになるべきなんじゃないかと私が訴えたら「それが本当にとても控えめな方で、そういうことは絶対やりたがらないんですよ」とオーナーに返されたものの、だからといってクラブに入ってまだ三ヶ月の私が仕切るってどうなんだろう?と思いつつも、考えてみたらこのクラブは多人数の部班レッスンすらしていないから、その点のキャリアだけなら私がイチバンあるのかも?という気はしたのでした(^_^;)
とにかく前のクラブではやらなかったことばかりを今度のクラブではやるはめになっていて、2鞍目は例のこのクラブ唯一のクセモノどさんこパピ君(写真の手前にいる。奥にいるのはサラとトロッター)で障害レッスンになるところが、駈歩までなんとか順調に行ってたパピ君が、駈歩の継続にこだわって脚を絞り過ぎたのが気に喰わなかったのか途中から急に跳ね出したのには参った。何しろクラブ一の古参馬なのにカラダが小さいから舐められちゃいかんと思うのか、荒っぽい気性でスタッフさえ手に負えなくなる時があるというから、いくらドサンコでも手こずり出すとキケンな兆候に思えだしたし、それでもS先生は「こういう感じで終わるのは僕としては納得が行かないんだよなあ」とレッスンを続行され、私も速歩に戻しての発進を何度か試みたものの、何度やり直しても激しいロデオ状態になったのでさすがに音をあげ、「これ明らかに私を落としにかかってますよねえ」と言ったら先生も「まあ、そうですねえ」とのことで今日ばかりはレッスンの続行を諦めて戴いたのだった(-。-;)私としても今回途中で音を上げたのは不本意で、毎度S先生の熱意溢れるレッスンには感服しており、馬場競技を念頭に置いたさまざまなアドバイスには、なるほど!と肯くこと頻りなのである。で、速歩や駈歩の馬の調教の仕方自体が安全本位だった前のクラブとはかなり違っているのもわかるし、馬に安全に乗せてもらうようにするのではなくて、馬を積極的に攻めて乗りこなそうとするのでないと、乗馬は上達しないというのもよくわかってはいるつもりで、パピ君にもいずれ再チャレンジして障害レッスンの醍醐味をしっかり味わいたいものであります。




2015年12月07日

キャベツと豚ひき肉のパスタ

豚ひき肉は塩胡椒して練り固めてからニンニクのみじん切りと鷹の爪を入れたオリーブ油で焼きつけるようにして炒め、椎茸を炒め合わせてアンチョビで味つけし、そこに茹でたパスタとキャベツを加え仕上げに黒オリーブの輪切りを散らした。明日から出張なので冷蔵庫を見て超テキトーに作った料理。
米国でも英国でもテロと断定される事件が続発するなか、フランスでは案の定というべきかルペン党首率いる極右政党が大躍進するとあって、今後のドイツの情勢次第では本当にヤバイ空気が欧州全体を襲いそうで心配される。顔の平べったい族としては濃い人たち同士の争いに巻き込まれたくないというのが正直な本音でも、グローバル化が進んだ今日ではなかなかそうもいかないだろうし、両世界大戦共に欧州発であったことが想い出されて案じられるばかりだ。
ともあれ日本国内では文字通りコップの中の嵐みたいな野党の分裂統合が繰り返されるなかで、妥協できる点やどうしても譲れない線がその時々ではあったりはするんだろうが、根本的な理念みたいなものを持ってる人がイマドキの政治家の中にホントにいるんだろうか?と問いたくもなるのだった。民主党などは党内意見さえ統一の取れないことが自民党からよく指摘されるのだけれど、ここに来て議会制民主主義の本場英国でも、ええっ!そこが違っちゃっていいの(!_+)と驚かされたのは、シリア空爆に関して労働党が、強硬な左派である現職のコービン党首は早くから反対を表明していたにもかかわらず、党内で意見が割れて、結果、自主投票に踏み切ったことである。そうなった背景には右傾化した国内世論と選挙区民の相当な突き上げがあったと想像されるものの、国防に関わる重大事項で党内が二派に割れたら、日本なら物凄く叩かれるはずなのに、英国人はそういう点はゼンゼン気にしないんだろうか?と不思議でならず、これだけは絶対に一致してなくちゃダメ!という政党党員の共通項って一体何なんだろうとえらく気になってしまったのでした。
そんなわけで明日から和歌山に出張しますのでブログはお休みとし11日に再開いたします<(_ _)>道成寺に取材するので、そのことはまたブログでご紹介します(^-^)/




2015年12月11日

道成寺・熊野行

新幹線のグリーン車に置いてある「ひととき」という雑誌から道成寺紀行のオファーがあった時は超バタバタの最中で、しかも師走の取材と聞いたらふつうはお断りするのだが、今回敢えてお引き受けしたのは古典芸能に携わった人間として、やはり一度は道成寺に行ってみたかったのである。今まで行かなかったのは足を運ぶのが面倒な土地だったからで、一体なぜそんな辺鄙な土地の寺院が伝説の舞台として日本でも知名度抜群の寺になったんだろうか? (清水寺伝説なんてものは聞かなくても道成寺伝説は皆さんご存じのはず)てなことが以前から知りたくて現地に足を運んで、なるほど〜!(^^)!と大いに合点が行って非常に勉強にもなった話は「ひととき」に書くので、ご興味のある方は来年の2月か3月にJR東海か山陽の新幹線グリーン車に乗るか、キヨスクで「ひととき」3月号をお買い求めくださいm(__)m
そんなわけで今回は紀行文を書くのがモロお仕事になるので、申しわけ無いけどここではダブらないよう余り書かずに、一応アップした写真の説明だけする形にしておきます。何しろ9日の始発便で発って(そのため前夜は羽田泊)10日の最終便で帰還するという一泊二日で道成寺周辺の取材から熊野古道まで足を延ばすという超強行スケジュールだったにもかかわらず、同行した編集者の神田さん、カメラマンの林義勝さん共にとてもいい方々だった上に、現地では日高町、田辺市挙げて万全の協力体制の下、至れり尽くせりのアテンドして下さった方々がこれまた皆さんとても親切でいい方ばかりだったので、本当に気持ちよく取材をさせて戴きました<(_ _)>
最上段の写真は紀伊水道で遠くに徳島がぼんやり見えます。この写真でおわかりのようにまたまた晴れ女パワー炸裂で、二日目は曇ったもののほとんど降られずにいて、結果巧い具合にどこも傘なしで無事帰宅できました。
二段目の写真は道成寺の山門(仁王門)。この石段がお能の乱拍子の舞台となって歌舞伎にもそれが取り入られたわけです。
三段目は本堂と最初の鐘楼が建っていたと思しきところに植えられた入相桜と小野俊成現住職。この方が縁起絵巻の絵説きを面白くなさる。一見ユーモラスな雰囲気の持ち主ながら同寺院のことは非常にきちんとお調べになっていたので、こちらはとても取材がしやすかった。

清姫が蛇になって渡ったとされる日高川

清姫が渡った日高川

Posted by 松井 今朝子 on 2015年12月8日

紀州は海山の食材珍味に恵まれており、9日夜には高級魚クエの鍋とウツボの照り焼きを注文していずれも美味しく戴きました∈^0^∋下はクエの巨大な頭。

現地ではさまざまな清姫の足跡伝説が残されており、ここは清姫の墓所から見た入水場所と伝わる富田川

清姫の足跡を追いながら踏み込んだ熊野古道

熊野古道沿いにある樹齢千年ともいわれる大楠。南方熊楠が保存に尽力したといわれる。




2015年12月12日

サーモンと生ハムのガレット他

前の乗馬クラブの帰りに馬トモ人事部のSさんと馬バナシを何かとしながら大宮ルミネ内の「サブリナ」で食事。
過日、和歌山で和菓子のお土産を頂戴し、賞味期限もあるけど私独りではとても食べきれないし、そういう時は乗馬クラブでお裾分けするのだけれど、今日は千葉の競技会に先生も馬たちも出払ってクラブはお休み。さあ、どうしようかと思ったところで、そうだ、前のクラブなら人が沢山いてどなたか食べて下さるだろうと思って午後から出かけた次第。で、行けば皆さんお揃いで、別に懐かしいというよりごく当たり前の感じでペンギンのOさんやSKさんや兎好きのNさん、SEのMさんや、Tさんご夫妻、ラン君ママ、自馬持ちのAさん、松也ファンYさん、オペラ歌手のSさんらと次々お会いして色んな話をして、ヤブサメ君やイケメンのリュウ君やスーパー氏に人参をプレゼントし、何だかここはちっとも変わらないな〜なんて思っていたら、お世話になったインストラクターのHさんやMさんともバッタリ会って、聞けばHさんはおめでた\(^O^)/とのこと。「ひょっとして、それ私の知っている人?」と訊いたら「いや〜なんで知ってるのかな〜」「そりゃ前から噂だったもんね〜」てなわけで「陽気な夫婦でいいよね〜」と言ったら「ケンカしたことないんですよ」とノロケられてしまい、いや〜若い人が幸せになるのを素直に心から喜べる年齢に私もなったんだな〜とつくづく思いました(^^ゞ




2015年12月13日

揚げ茄子の甘酢和え、イカごぼう南京の煮物、揚げ豚と蓮根の甘酢和え

乗馬の帰りに大宮ルミネの総菜売り場でゲット。
今週は馬術競技会で先生と上級会員さんと出場馬がこぞって千葉に出張のため1鞍騎乗するのみで、しかもこのクラブに来て初めての!部班レッスンと相成った。もっとも今日部班を組んだ三人はいずれも正月のイベントでカドリールをしなくてはならないメンバーとあって、これ幸いとその径路レッスンをさせてもらった次第。三人のうちお一人は乗馬歴2年のMさんで、もうお一人は乗馬をつい先月から始められたばかりなのに、いくらシンプルな径路とはいえ三人で最初から滞りなく回れたのはちょっとビックリで、ここはよほど馬たちの調教と先生の指導がいいのだろう(!_+)と私はホント感心しきりだったのだが、このクラブしかご存じないお二人はそれで当たり前だと思ってらっしゃったようである。問題はむしろ部班の先頭を務める私で、騎乗したサラ7歳黒鹿毛サマ嬢(写真)が今日はいつに増して元気で超サクサク状態だったため後ろのお二人を置いてどんどん先に進んじゃったから、お互いのスピード調整もかねて本番前に最低2回は合わせる機会を持たないとね!と話ながら、まだお顔すら見ぬTさんとも当然ご一緒しなくてはならないし、音楽に合わせる練習もしないといけないんじゃないのかしら?それにしてもここの馬たちはBGMを大音量で鳴らして平気なんだろうか?とか初めて挑むカドリールはさすがに何かと心配の種が尽きないのでした(◎-◎;)
サマ嬢のサクサク状態を抑えるのは結構難しくて、今日はこれ以上速くなられても困ると思って駈歩レッスンになった段階で手綱を控えたら途端にヤル気をなくして走らなくなってしまった。最初に乗った時もそんなことがあって、二度目は手綱をだましだまし短く持つことで何とか駈歩が継続できたのだが、今日は何度か発進をやり直しているうちに硬直状態に突入し、それを元に戻す方法として強引にカラダを一方に曲げながら反対側の腰角にムチをバシバシ入れるよう先生に指示されて再びサクサクはしだしたのだけれど、ここに来て珍しくちゃんとした駈歩が出来ず終いで実にザンネンでした(>_<)とにかく次回はしっかりリベンジを果たしたいものである。ところで今日はレッスンの開始段階でS先生に「松井さんはこの馬を気に入ってましたよね」と言われて、そんなこと言ったけかな〜という気がしたのだけれど、確かに顔は以前のクラブで超お馴染みだっだハイセイコーのお孫さんの往年を彷彿とさせる美形である。で、サマ嬢もまたフジキセキの産駒だから種牡馬としてつとに名高いサンデーサイレンスのお孫さんなのであり、つまりはディープインパクトの姪っ子にも当たって競馬界に優秀なご親戚がぞろぞろいらっしゃる名血のお嬢様なのだった。前のお孫さんも最初は駈歩発進が非常に難しくて、彼女の場合は速歩で逃げられてしまうパターンだったが、今度のお孫さんはもっと厄介な固まってしまうパターンのようである。今度のお孫さんも人なつっこさと甘え上手ぶりは大したもので、人ばかりにではなく放牧では他の馬にぴったりとくっついて行動している要は甘えん坊さんらしいのだった。というわけで確かに気に入る要素はある馬なので、前のお孫さんの時のように、こちらがどんな時でも安心して乗れる馬にするよう粘り強くレッスンを続けたいものであります。




2015年12月14日

おでん

市販の紀文製。いや〜こんな大変な師走は人生初めて?と思うようなバタバタさ加減で、明日はなんと京都日帰りですから料理をする気にもなりません。乗馬をしてる暇はあるクセにという声はこの際ムシ致します(-.-;)y-゜゜
というわけで馬に乗ってた先週末は世界で色んな合意があったようで、まずはCOP21で190カ国以上もの合意が見られたことは、実現するメドの問題は別として、人類がようやく新たなステージに入ったという喜ばしいニュースではあるのだろう。開催国フランスでは憂慮されていた極右政党の躍進にもひとまず歯止めがかかったようで、両事項共に良識的な市民はホッとしているに違いない。一方わが国でも消費税の軽減税率でようやく自民公明両党の折り合いがついたようで、公明党は生鮮食料品だけというセンで誤魔化そうとする自民党を抑え込んで何とか党の存在意義を示せた恰好だ。平和の党を標榜しながら安保法案を引き換えにしたのだから、これでまた妥協してたらさすがに創価学会員が許さなかったに違いない。この軽減税率の問題はアソー君曰く(線引きが)面倒臭いから嫌がっていた財務省にハナから問題大ありで、あんたら役人は一体ダレのおかげで生活でけてるんかよう考えてみなはれ!と関西人が一度霞ヶ関に終結して連呼してみたらどうだろう。今度は代替財源をどうするかという問題の解決にも手を抜きたがる恐れは大ありで、とにかく一応は優秀な人たちなんだろうから、税金貰って生きてる以上はアタマを使うだけ使って貰うしかないのである。ともあれ政府側の妥協は選挙対策に使われちゃってる面も大ありとはいえ、それはそれ、これはこれで、食料品は何せ人の生死に関わる日々のことだから価格を抑制するに越したことはないのであります。




2015年12月16日

京都日帰り行

昨日15日は「井上八千代さんの人間国宝認定を祝う会」に出席のため京都に日帰り旅行を敢行。別に売れっ子作家でもあるまいに、と思いながらも車中MacBook Airでずっと原稿を書き続けるなどして少し早めに京都入りし、会場ホテルの喫茶室で妹と1時間ほど喋って会場入り。入口の左右にずら〜と舞妓さん芸妓さんが並んだ様(写真は片側だけ)にまず度肝を抜かれ、場内では千人ほどが丸テーブルを囲んだ着席パーティだったこともかなり予想外だった。京都人は誰しもふだんジミ〜だったり、ダラ〜っとしてたりしても、ヤル時はやりまっせえ!的な気質を多分に備えているが、今回ははまさに祇園町全体のヤル気が窺えた感じだろうか。フルコースの料理に加えて滅多に見られない芸妓さんたちの手打ち式や片山九郎右衛門師の「猩々」といったアトラクションが入り、人間国宝になられたご本人はもとより知事以下来賓の挨拶もすっきりとして全体の進行が緊密に運んだ近年稀に見る立派な会だったように思う。テーブルの横に座った元松竹専務の大沼氏が「ここで今テロが起きたら日本の古典芸能は壊滅ですね〜」と言われたくらい沢山の関係者が列席されるなか、八千代師自らこちらにまでご挨拶に来られると下手に身動きもならず、途中で抜けだすのも難しくなって、一応は〆のご挨拶を聞くや否や会場を飛びだしてようやく新幹線だけを使っての大宮帰着が叶ったのは幸いだったが、おかげで挨拶をしそびれた方が何人もあって失礼しました。
ところで今回の京都行でショックを受けたのは妹に「お姉ちゃん知らんかったん!」と逆に驚かれながら初めて知った杉本章子さんの訃報である。宇江佐真理さんの訃報も自馬持ちのAさんに教えられてやっと知ったのだが、今回もまた担当編集者が誰も教えてくれなかったのは何か理由があるのだろうかとヘンに勘繰りたくなるくらいだけれど、一番の問題はこの間の私が新聞も読まなかったことにありそうだ。 共に時代小説を書いているというだけで、杉本さんとも全く面識はなかったのだが、同い年の方だけにショックは大きい。もっとも、あちらは早くに直木賞を受賞された大先輩であり、私はその昔新人物往来社から出版された「妖花」がとても若書きとは思えぬオトナの味わいだし且つ潔い文体が魅力的な素晴らしい作品だと脱帽し、いつかお目にかかる機会はないものかとずっと思っていて、そのことは文春の以前の担当である内山さんによく話していたのに、とうとう叶わず仕舞いになったのが残念でならない。それにしても宇江佐さんにしろ杉本さんにしろ同世代の同業者がこんなに早く立て続けに逝かれるとは想ってもみず、にわかには信じ難い気がしている。私たちの世代で癌に斃れる方が多いのも前から気になっていて、とても他人事とは思えず、私とていつ何どき召されるかもわからない年齢になっているのは確かなだけに、今はただ安らかな御冥福を心よりお祈り申しあげるのみだ。


コメント(1)

杉本章子さんの訃報は大きな衝撃でした。今年、雑誌の対談で病状を知って、少しでも長らえます様に…と願ってましたが、叶わず、何とも惜しい方を失くしました。「新東京大橋雨中図」で小林清親を知り、「間諜 洋妾おむら」で幕末史の一面を垣間見、どの作品も筋の面白さ、人物の魅力、時代背景の確かさは格別で、信太郎人情始末帖シリーズは終わるのが残念で最終巻は読まずにいました。寡作でしたが、珠玉の作品ばかりで、心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿者 ウサコの母 : 2015年12月17日 21:27



2015年12月17日

前菜の盛り合わせ、シーザーサラダ、ボンゴレビアンコ、骨付き羊肉のロースト

シアターコクーンで串田和美演出の「ひょっこりひょうたん島」を見る前に東急本店内の「タントタント」で旧友のモリと食事。
わが世代懐かしの「ひょっこりひょうたん島」といえど内容はほとんど忘れてしまって博士やドン・ガバチョ等キャラクターのイメージと主題歌が記憶に残るのみ。恐らく観客の大半がそうであろうと思いながら見ていたのだけれど、全体として多人数の「ゴドーを待ちながら」といった印象で、思った以上に終末感が漂う展開に「私たちはまあ納得できるけど、あの芝居に付き合っている若い俳優さんたちの気持ちはどうなんだろう?」という声がモリから上がったのは実にもっともに思われた。井上芳雄の格好良いマシンガン・ダンディ、ドン・ガバチョ役の達者な白石加代子ら、結構楽しませてもらえる点もあった中でやはり強く感じられたのは時代の流れと断絶であり、「考えてみたら子供の頃にコレをTVで見てた私たち世代が一番それを感じちゃうのかもね。阪神大震災以降に育った若い人たちは別に最初からこんな感じだったのかもね」というモリの意見に再び肯かざるを得ない私でした。


コメント(1)

親によれば私はひょうたん島を楽しみに見ていたらしいのですが覚えていない世代です。しばらく前に残っていた予備の人形を使ってリメイク版が作られて放送されたときに見て、お話のおもしろさにびっくりしました。
ところで「ひょうたん島の人々は実はみんな最初の災害で死んでいる幽霊のような存在」という設定があったという情報をネットで読んだことがあります。根拠のない都市伝説かもしれませんが。

投稿者 ぷみ : 2015年12月18日 09:06



2015年12月18日

中華前菜、フカヒレスープ、海老とアスパラガスの炒め物、油淋鶏ほか

小松原庸子スペイン舞踊団公演「天目山曜変の舞い」の打ち上げで久々に庸子さんや演出の柳川氏とお目にかかって幻冬舎のヒメともども銀座の「維新號」でご馳走になった。相変わらず庸子さんはとてもお元気で、早くも来年度の企画や中国公演のお話などを伺うにつけても、私みたいな若僧?が仕事に疲れただなんてウソにも言っちゃいけないよな〜という気持ちにさせられる。自分よりも年上の元気でステキな同性はその点で本当にこちらの良い励みになるのだった。ところで今日初めて伺った話で非常に面白かったのは、庸子さんがスペインでフランコ軍事政権が崩壊して社会主義体制に移行する時代をナマで目撃されて、わずか十年ほどでスペインが激変したのを肌でご存じだということだった。フランコ政権は禁欲的な傾向を帯びていたためフラメンコ演者奏者が社会的に抑圧され最下層に置かれており、日本から来たセニョリータが何故フラメンコを!!??といった感じだったらしい。直後の社会主義政権のトップがこれまた大のフラメンコ好きだったことから落差が凄かったようで、そればかりでなく生活や文化あらゆる面で国全体が180度転換した状態だったのだとか。フランコ政権なんて世界史の教科書でしか知らない人間にはとても新鮮なお話で、とにかく常磐津の三味線弾きの娘として柳橋に誕生という「和」の世界どっぷりの生い立ちにもかかわらず、結果グローバル社会の魁として活躍された女性トップランナーからは他にもいろいろと面白いお話が伺えるに違いなく、庸子さんご自身がお書きになるか、誰か聞き書きを巧くまとめて下さる方はいないものかと思われて、もちろんヒメも大いに食指が動いたようでした。




2015年12月19日

静岡講演

徳川家康公顕彰四百年記念事業の一環として静岡のグランシップ(写真中段)で催された講演のため今日は午後から静岡入りで、素晴らしい富士山にお目にかかれました(*^^)v
演題は「旅の人 十返舎一九」で拙著『そろそろ旅に』のモデルにした十返舎一九の生涯を辿りつつ、当時の出版状況なども今日と比較して説明したら意外とそれが受け、また一九が戯作者としてスタートを切った黄表紙の紹介にOHPを用いることができたのも幸いして、皆さん最後まで熱心にご聴講戴いたのでこちらも話しやすかった。講演後は静岡大学の小仁田教授とのトークセッションもあったが、この先生は学習院の諏訪春男名誉教授のお弟子さんだったので共通の知人も多かったし、とても話しやすい方だったのはのは何よりでした。
なお、ご聴講を戴いた地元のブログ読者の方から係の人を通じて贈り物を頂戴しており、直接お目にかかることが出来ませんでしたので、この場を借りて厚く御礼を申しあげます<(_ _)>
ともあれこれが年内最後の講演で、今年は本当に講演の仕事が多かったのを改めて想い出す。講演はそれなりに準備が要るのもさることながら、かなり事前にFIXされるので、その間の体調キープや現地に遅れず足を運ぶこと等のプレッシャーが結構あって、全部なんとか無事にこなせて私としては本当にホッとしたというところ。外に出かける仕事も年内は今日までで、来週からは『料理通異聞』単行本化に向けての書き直しをじっくりとしながら、いよいよ年末のお片付けと忘年会モードに突入です\(^O^)/


コメント(1)

昨日の講演会、楽しかったです
蔦屋が幻冬舎って話がツボでした
見城さんは静岡出身ですからね、一九と時空を超えて邂逅しているような
新刊、楽しみにしています

投稿者 よしみ : 2015年12月20日 23:49



2015年12月20日

豆乳鍋

今週末も昼間はやっぱり乗馬のレッスンでハフアラブMIXの熟女ウラ嬢に1鞍騎乗。18歳とは思えぬパワフルさで先週の競技会も好成績のリボンゲッターとなったウラ嬢には最初やっぱり持って行かれっぱなしで、途中から先生にいわれてかなり強引な誘導を試みたら一瞬キレたように跳ねたものの、その後はこちらの指示通り駈歩で巻乗りも径路もグイグイ進んでくれてホッとひと息。今週は来月予定のカドリールチームでまだ一度も顔を合わせていなかったTさんともようやくお目にかかれたので、マンツーマンレッスン終了後に二人の部班でS先生の指示通りシンプルな径路に各個巻乗りを随所に加えたアレンジ版を練習した次第。とにかく年明けに少なくとも2,3回は全員でEXILEのBGMに合わせた練習をしなくてはなりません(^_^;)
ところで今日はクラブの忘年会で皆さんお集まりになっていたが、私は元米朝事務所の大島さんちで先約の忘年会に参加。器用な大島さんは趣味の陶芸もだんだん堂に入って今夜は来年の干支に因んだ「見ざる言わざる聞かざる」の陶器オブジェを頂戴し、「ねえ、知ってる今は見ざる聞かざるエグザイルって言うんだってよ」と聞かされました(^0^;)




2015年12月21日

小鰺の南蛮漬け、大根の煮物、揚げ出汁あんかけ豆腐、ジャガイモと豚肉の煮込み

美容院の帰りに大宮ルミネの総菜売り場でゲット。
昨日録画しておいたNHKスペシャル「新・映像の世紀〜時代は独裁者を求めた」を見ながら食事。食事しながら見るのはマズイ映像も沢山ありながら最後まで目が離せず、ご覧になれずり録画もし損ねた方には是非ともオンデマンドをオススメしたいくらい、今日にしっかり見ておくべき番組だろうと思う。ナチズムの台頭とモータリゼーションの進展が意外にも何かと関連し、中でもヒットラーの資金源がフォード社であったことなどを見ると、前回の特集に引き続いてまたまた第二次大戦を引き起こした責任の多くは米国企業にあったように思えてきた。近年ではフセインやビン・ラディンを育てたのも米国なわけなので、世界はこうした底流を自覚していない限り延々と殺戮が繰り返されることにもなるのだろう。創業者ヘンリー・フォードが極端な反ユダヤ主義でヒットラーに資金援助したように、今日では反イスラムを掲げる政治家に資金援助する企業家もありそうだ。もっとも米国のトランプ氏は自身が大金持ちだから他の資金援助など必要はなさそうだけれど、テロの頻発で共和党内は彼の支持がさらに伸びているというのだからそのアホさ加減が侮れない。フランスのルペン氏率いる国民戦線の躍進など、世界はまたもや差別主義を声高に主張する人びとが支持を集め始め、人類は本当に進歩が無いというか、むしろアホ化が進んで来た感じなのは恐ろしい。もっとも皆がアホになったわけではなくて、アホのほうが大きな顔してのさばる時代、つまりは反知性主義の時代に再び突入しつつあるということなのであろう。それにしてもヒットラー政権が当初高い支持率を取りつけたのは経済政策がメチャメチャ当たったからだということも、この番組ではしっかり取りあげていた。目先の景気に躍らされてとんだ政権を支持したあげく、いつのまにか取り返しのつかない過ちに突き進んでしまった旧ドイツの国民が、戦争直後にユダヤ人収容所の実状を強制的に見せられるシーンは本当に凄まじく、決して知らなかったでは済まされないことになるという自覚を今後は我々もしっかり持つべきであろうと思うこと頻りでした。


コメント(2)

私も賛同します。知らなかったで済ませるならはいそうですか?で受け止めますが、自分の偏見で受け止められない事を相手を攻めたり反対意見を無視するしか議論できないのかい?。
 私は自分が正しいとは思いませんが譲れません。しつこい事には自信があります(余り自慢できる事ではないですが)。
 マスコミも安倍政権も信用できないと思うけれど信用する政治家は現れない可能性が高そうだだけ思っています。

投稿者 nao : 2015年12月22日 21:04

リンドバークはドイツ系移民なので当然ですが、フォードもアイルランド系だったはずです。
言うまでもなく、アイルランドの敵はイギリスで、イギリスの友であるアメリカにおいて、フォードがイギリスに加担するよりも、ドイツ支持になったのもある意味で当然のことだと思います。

投稿者 さすらい日乗 : 2015年12月28日 16:37



2015年12月22日

鴨鍋、ポテトサラダ、生ハムとサーモン、ケイク・ド・サレ、ピクルス

元ミセス副編の福光さんと園芸ライターの光武さんと我が家で忘年会。大宮西口の成城石井内の柿安でゲットした合鴨のロース肉を煮切った酒と味醂、淡口醤油にしばらく浸けてから昆布出汁鍋に加えたら今までにない柔らかさで非常に美味しく食べられましたが、肉質自体が良かったのか、はたまた下味したのが効いたのかは不明。ポテトサラダは福光さんのお手製で、これまた市販のとは全然違う美味しさに感心しきりで、聞けばジャガイモを茹でたのではなく蒸したのだそうで、ジャガイモは皮と身の間に旨みが凝縮しているので蒸して熱いうちに薄皮を剥くのがポイントらしく、それが結構手間のかかってしまう逸品なのだとか。料理は何でもちょっとしたひと手間の違いで美味しさも違ってくるのでした。光武さんとは一年ぶりで、今年はお母様が亡くなって何かと大変だったとのこと。本当にこの歳になると身内にも自分にも何かとあるし、世の中も激動しているので、お互い年に一度でも無事な顔が合わせられるのは有り難いと思わざるを得ません。そんなわけで久々に会うため時間も早めにして五時から食べ始めたにもかかわらず、あっという間に10時半を過ぎてしまい、来年もまた無事に会えることを願ってお開きと致しました。政治経済社会情勢から身内話まで色んな話題が飛び交う中で、アラSIXともなればさすがに恋バナまでは出なかったのは止むを得ないといったところでしょうか(^◇^;)




2015年12月23日

昨日の残り(写真は昨日の晩餐)+ヒレカツ

昨日福光さんがお持ち下さったお手製の美味しいディッシュが残っていたことや、今年のクリスマスは漫画家の萩尾望都さんチでお泊まりすることなどもあって、今夜は料理を致しませんでした(^^ゞ
ところで昨夜は本当に色んな話題が出たにもかかわらず、最近のニュースネタで私がうっかりお二人に伺いそびれたのは夫婦別姓の問題である。この問題に関して既婚者のお二人がどう思われるのか、実際にこうむった不利益とかも具体的に聞いてみたかったが、話題にもならなかったところをみれば、お二人とも別に取り立てていうほどのことはなかったのかもしれない。正直お二人は旧姓よりも今の福光や光武のほうがインパクトのある姓だけに、選択制であってもダンナの姓のほうをお選びになったのかもしれない。結婚してない私はこの問題に関して口を挟む必要がないように思いながらも、反対理由に家族制度が崩壊するという意見が自民党内に強くあったらしいことには何だか妙にひっかかるものがあった。
それでつい先だって故・河竹登志夫先生の遺稿エッセイ集「かぶき曼荼羅」を頂戴し拝読していたら、先生が刑法改正にあたって国会に参考人招致された話が書いてあって、招致理由は当時保守系政党が親孝行の美徳が廃れるからという理由で尊属殺人の規定を残そうとしていた中で、先生が「夏祭」の団七にからめて書いた新聞コラムのエッセイが国会議員の目に留まったことだったらしい。当時のその新聞コラムから引用すると「孝行はむろん美徳だが、それは自然に発露すべきもの。重刑がこわくてするような情けない孝行ならしないがましだ」というわけで、尊属殺人を認めることは裏を返せば自分の親は大切だが他人なら殺しても罪が軽いという「おそるべき危険思想」だと先生は保守系政党の世界標準に合わない非常識ぶりを看破している。それを読んで私は自分が、別姓にしたくらいで崩壊するような情けない家庭なら、さっさと別れちまったほうがましだ、と正直思っていたことに改めて気づかされたのでした(-.-;)y-゜゜




2015年12月26日

萩尾望都さんたちとのクリスマス

今年のクリスマスは漫画家の萩尾望都さんのお招きを受けて東久留米の割烹料理「田中」で会食(写真は会食のメンバー全員でご主人を囲んだもの)。ここは刺身にしろ椀物にしろ、その他もろもろの酒の肴を含めていずれも良い素材を使って丁寧に拵えた料理が堪能できるし、土地なりのリーズナブルさもあるようなので、わざわざ足を運ぶ価値大です。久々にオススメしたい店で、ラッキーな私は望都さんにたっぷりとご馳走になりました<(_ _)>(^^ゞ
ところでこんな押し詰まった時期にお訪ねしたのは「アウェイ」という久々のSF新作をお送り戴いた時に、以前から伺いたいと思いながらちっとも伺えない旨をメールで書いたところ、12月は意外と余裕があるのでどうぞどうぞと言われ、図々しくも押しかけた次第。オウチにお伺いしたかったのは、「レオくん」という猫好き必読のマンガを読んで、そのマンガのモデルになった猫をどうしてもナマで見たくなったためで、クリスマスケーキにそのマンガの猫を描いてもらってお持ちしたのは、以前ブログのオフ会でyosiさんに頂戴した似顔絵ケーキに感激し、私も一度誰かにプレゼントとしようと思っていたからだった。上の写真がそのケーキとモデルのナマ猫で、望都さん曰く「目の上が一直線となっている、変わった顔」が文字通り絵に描いたようなアカンタレの表情で私のハートをわしづかみにしたのでした∈^0^∋。なので勧められるままに望都さんちでお泊まりして全員で六ぴきのそれぞれ個性的に可愛い猫たちと対面し、とにかく念願のナマレオ君を心ゆくまで撫で回しながら、「ワンピース」や「進撃の巨人」などが受けてる理由を伺ったり、望都さんオススメの「東京タラレバ娘」を四冊イッキ読みしたりしながら一夜を明かしました。今日はまたタクシーで日高市の高麗神社や武蔵野三十三観音の札所にもなっている聖天院や飯能のハーブ園にご案内を戴いて、何もかもすっかりお世話になった上にクリスマスプレゼント(もちろん亀グッズ)まで頂戴し、本当に至れり尽くせりのご歓待には恐縮の至りだったのでf(^ー^;次回は是非とも大宮へお花見にお越し下さるようお願いしてお別れしたのでした(^o^)/~~~

高麗神社は7世紀の高句麗滅亡後に移民した人びとの精神的な支柱になったとおぼしき神社で、借景を含めて佇まいが見事だった。

いかにも古刹の趣がある聖天院の山門に佇む萩尾望都さん

 


コメント(2)

本当にほっこり心温まります。
 いいなーとは思いますが妬む気持ちは全くありません。その状況をお知らせいただいてありがたく思います。
 私は流行に大概取り残される選択をするのですが、漫画家の書いているエッセイを読むと大抵萩尾望都様は神と思っている事が多いです。よいしょもあるかもしれませんが、今の連載を見ても私は大好きです。只昔好きな漫画家でもその人物の人となりはそれなりであると痛感した事がありますが、今朝子様の仲良さを見ると羨ましいと思いつつもっと知りたい仲良くなりたいと思います。
 うーん。今年は余計なお世話は冒頭につける事を言わないと決めていたのですが、お許しいただけますか?。
最近の今朝子様のブログの切れ味の悪さに、もっと続けてください。と思っています。
 歯に衣着せぬ持ち味が大好きですが最近はなまくら刀?。
 忙しくて時間が無いかもしれませんので、仕方ないかなとは思うのですが・・・なんか内容が淋しいような熱意が無いような気がして(泣いて止めないで)と懇願したい気持ちでいっぱいです。

投稿者 nao : 2015年12月27日 01:06

萩尾様。
大掃除しながら、「トーマの心臓」「ポーの一族」を読み返しております! 
今朝子様の連載中の「料理通異聞」も年末年始にまとめ読みして、本が発売されましたらまた、読み直しです!!

投稿者 karo : 2015年12月27日 11:31



2015年12月28日

牛しゃぶ、パブリカのマリネ、ブルーチーズ入りポテトサラダ、クグロフ他

今日は午前中に乗馬クラブに行って本年度の乗り納めでデカ鹿毛トロッターのリラ嬢(写真)に騎乗。馬車でも挽きそうな馬だけに相変わらずの迫力ある走りっぷりだったが、さすがに前回よりも乗り馴れて駈歩のスピード調節のコツがちょっとはつかめた感じで無事にレッスンを終えることができた。とにかく肩が前に出やすいことや脚扶助の位置の問題を指摘されつつも以前より少しはマシになったかもと先生に言われて、来年もよろしくお願いします!と心から思えるほどにこの三ヶ月間で随分と色んなことを教わった気がしていて、何とかこの調子でレッスンを継続したいと今は願うのみであります(^^ゞ
で、今夜は翻訳家の松岡和子さん、旧クラブの馬トモ人事部のSさん、オペラ歌手のSさんと馬トモ女子忘年会。私はネットで佐賀牛をリースナブルにゲットし、松岡さんはお手製のブルーチーズとハチミツを効かせたポテトサラダやパブリカのサラダを、人事部Sさんはお手製のクグロフをご持参になり、まずはオペラ歌手のSさんが9月にすみだトリフォニーホールで催された歌曲コンサートの録画を見て、まるで別人だよね〜と感心しながら食事を開始。次いで先月人事部のSさんが参加されたカドリールやオペラ歌手のSさんがなさった障害競技の録画を見ながらワイのワイの言いながら食事を続け、食後はフィギュア日本選手権女子フリー演技の中継を見ながらこれまたワイのワイの言うこと!言うこと!宮原はもう少しジャンプが高かったらね〜とか本郷は花があるんだから猫背さえ直せばいいのにね〜とか何だかんだいいながら、真央ちゃんの時はみんな沈黙し息を詰めてハラハラしながら見守っている感じで、やっぱり日本人は真央ちゃんみたいな存在が好きなのかもね〜と思うこと頻りでしたσ(^◇^;)




2015年12月28日

あんかけ揚げ出汁豆腐、大根のそぼろ煮、ささみの梅揚げ、揚げ鱈と揚げ茄子の甘酢和え

今日からお片付けモードに入ったが、書類の整理だけでもグッタリで、料理はせずに大宮ルミネの総菜売り場でゲットした。年末は大概このパターンですf(^ー^;
昨日途中から見そびれて録画したサンデージャポン年末スペシャル「答えなき世界」を見ながら食事。イスラム国を生みだしたことに代表される格差の問題に焦点を当てた特集だったが、グローバル化が最も影響している今日のみならず、歴史の転換期に決まってこの問題が浮上するのは、そもそも生産手段というか人間の生活基盤が激変することをもって歴史の転換点と捉えるからに他ならない。現代は急激なイノベーションの進展で従来型の仕事がなくなる一方で、情報の共有化により代替可能な人間は地球規模で爆発的に激増しているのだから、多くの人間が存在意義を薄められて絶望感に苛まれるのは当然の帰着ともいえそうだ。絶望は時に刹那主義や快楽主義や拝金主義ともなると喝破した加藤諦三氏は、われわれ世代が十代の頃に一斉を風靡した人生評論家の走りのような人物だっただけに、そうした一見正反対のさまざまな姿を取って現れる「絶望は変装が巧い」と相変わらず巧い言い回しをなさったものである。それにしても人間年を取ると誰しも死を身近に感じることで人間としての根源的な絶望を余儀なくされるし、本当を言ってそもそも人生には意味など全く無いことを従容と受け容れるか、宗教に意味づけを求めるしかないのだけれど、高齢化社会の今日はそうした年寄りの絶望感みたいなものが底辺に広がっていて、若い人をそれに巻き込んでいるふしもないとはいえない気がする。おまけに通常なら次の世代に何かを残すというのが年寄りの気安めにもなるところだが、かくもドラスティックな転換期ともなれば、後世に何かを残すだなんてほとんど妄想に近い感じだから、よほどノーテンキな年寄りでもない限りそうした点での絶望感はかつてなく深いともいえる。今の若い人は夢を持っていないとよくいわれるのも、夢を持たせられない現代の年寄りの責任が大きいのではないかと、ニヒリストの私は自戒を込めて思う今日この頃だ。人生に意味なんか全くない!と思ってもさほど自滅的にならない人間はさほど現世で苦しい目に遭っていないからだともいえるので、むろん誰しもがそう思えば楽になるというようなものでもないのは当然ながら、ワタシ的にはそう思ったほうがむしろ人間を相対化して自他共に寛容になれた気がするので、若い人に対しても周囲のオトナは過剰な期待や思い入れで臨むべきではないかもしれないという気もまたするのでした(-.-;)y-゜゜


コメント(1)

人生に意味なんて無い。私も何度もそう思いましたが、そうでもないかなと思っています。主人の母や姉どちらかと言えば私は主人本人より好きでした。
 過去形になってしまうのはどちらも故人になってしまったからでどうやって主人と付き合っていくか煩悶中です。
 それはともかく今朝子様は人生に意味がないというのは的を得ていません。こんなに色々な人と楽しく付き合えて、大好きに思われる方は滅多にいません。(利口で悟っていても)その後の人生を決めるのは自分の意思です。
 今朝子様の人生は最早今朝子様だけの人生では無く周りに多大な影響や思い出を与える人生です。
 年寄りが夢を持たないのも一考ですが、政治家に騙されっぱなしてどうなのよと憤りを覚えます(ここで言うのは卑怯な気がしますがかつてのTT様です)。
 愚痴っぽいですが、信念を変える事を自分が出来ると思った事はありませんが、何となく紙幣価値の暴落がきそうで怖いです。

投稿者 nao : 2015年12月28日 23:07



2015年12月29日

中華総菜四点盛り

大宮そごうデパ地下でゲット。
雑誌や書類を整理していたら時につい目を奪われて読んでしまうケースがあったりしますが、今日それによって二人の故人を偲んでしまいました。
お一人はもう随分と前に亡くなられたはずのわが母校、聖母学院の校長メール・マルグリット・ゴーテ。名前でおわかりの通りフランス人の修道女ですが、実に日本語の堪能な才女だったと記憶します。
今秋京都私学図書館フェアで講演をした際に今の聖母の先生から頂戴した冊子の中に、この方が1960年代に書かれた教育方針が載っていて、今日それに何げなく目を通していたら、現代の教育界における二つの顕著な問題として彼女の挙げてらっしゃるのが、一つは教育における総合性の欠如、もう一つは目前の利益追求主義であることに感心しきり。総合性の欠如はカリキュラム重視から来るとし、目前の利益追求主義とは学校を出ることで社会的にも成功を得させるシステムで、彼女はこの二つの陥穽を警戒しながら人間性の尊重と個人の人格尊重を訴えて、「成人に達したときに人類共同体の一員としてその使命が達成できるような」人間に育てるのがミッションスクールの役割だと述べてらっしゃるのだった。日本の国のためにとかいう教育では全然なくて、「人類共同体の一員」としての教育を子供の頃に受けさせてもらったことを私は今になって非常に感謝したい気持ちでいっぱいです。
故人を懐かしく偲ばせたもう一つのものは、今年お亡くなりになった扇田昭彦さんの追悼式で配られた冊子に載せられた故人のお言葉で、そのまま引用すると「『一生を棒に振る』という言い方があるが、私はひたすら舞台を見ることで『一生を棒に振り』、しかもそれを心から楽しんできた」。今日改めて読み直しても、なんてステキな言葉なんだろうと思う。「一生を棒に振る」ような対象を見つけることが難しくなった一方で、なるべく一生を棒に振らないような保身的な生き方を若い内から求められるのであろう今日において、心が洗われるような金言だと私には思えました。


コメント(1)

ごぶさたしております。
シスター方も随分とお歳をめされました。
 今朝子様が聖母に受賞記念講演に来られた時にお出でに なった数学のシスターMも、認知症になられてしまわれました。
 倫社の奥村神父様もお亡くなりになり、寂しい限りです。
一昨年修道院をお訪ねしましたが、修道院自体が縮小されたようです。
 
 マ・メールのお言葉に、コメントさせて頂きました。


 どうぞ、よいお年をお迎えくださいませ。
新たな年も、増々のご活躍お祈りしております。

投稿者 角野英子 : 2015年12月30日 09:55



2015年12月30日

皆さま良いお年を!

夕方リビングの掃除をしながら何げなくNHKの「証言ドキュメント永田町〜権力の興亡」を見ていたら各政治家の意外に突っ込んだ発言があってそれなりに面白かったのだけれど、何といっても最後にこの人スゴイこと言うな〜と思ったのは何を隠そうアベボンで、彼が以前から民主党を決められない政党の見本のように腐すのはともかくとして、それ故に安保法案に関しては、「野党にも国民にも投げることなく自分が決めるんです」と平然と言い切ったのにはアゼンとせざるを得なかった。それって堂々と「国民の意見は聞かない」と言ってるのと同じ意味なのに、よくぞ言ってくれた!なんて感心するアホが結構いるから、こんなアブナイ発言をする人が民主主義国家の首長として許されてるんだろうな〜と思うしかありませんでした(-.-;)y-゜゜
昨夜は妹と久々の電話で「地震ほんま大丈夫なん?」と訊かれ、何のことかと思ったら、東京湾で群発地震が起きてネットで話題になっていたらしいのを甥っ子が見つけたのだそうで、まあ、いずれ近いうちに巨大地震が起きるにしても、大正の関東大震災ではその前に相当な強震が起きているので、まだ当分は大丈夫かもと思いながらも、何かと不安の多い新年を迎えることになるのかもしれません(-。-;)
そうはいっても日々是好日で、明日がどうなるかわからなくても自分が生きてる間は精一杯することはしたほうがいいわけでして、私も今年は新聞連載があったものの新刊は一冊も出さなかったので、その分が来年に集中する恰好で、初夏には幻冬舎から新聞連載を大幅に書き改めた『料理通異聞』が、秋には文藝春秋社から『麹町常楽庵月並抄』シリーズ第二弾と河出書房新社の日本文学全集10巻所収『仮名手本忠臣蔵』の現代語訳が出版の予定ですし、その他にも何種かの文庫本が刊行されますので、皆さまふるってご購読を賜りますよう、心よりお願い申しあげます<(_ _)>
明日からブログを休止し、新年は二日におせちの写真のみアップの予定。というわけで今日のブログもこれまでと致します。皆さま良いお年をお迎え下さい\(^O^)/


コメント(3)

私もアゼンとしました。漢字が使えないくらい。
 なぜこの人がこんなに正しい!と言われるのか全く理解できません。
 今年も色々と楽しませていただきありがとうございました。来年の刊行を楽しみに来年もよろしくお願いいたします。
 常連の方のコメントが少なくなり私が余計なコメントしすぎ?と怖いですが、常連の方のコメントが少ないのが淋しいです。
 あまりにいっぱい過ぎてここで名前を挙げることが出来ませんが、ひょっとしてツイッターとか別の次元で発言しているの?しかし私はそこに行けそうも無いし。仕方ないけど。
 出来れば後十年くらい続けてください。そこら辺りで自分の寿命になりそうです。
 わがまま過ぎる要望ですみません。(これまた余計なお世話ですが時計は大丈夫ですか?忙しそうなので出てきたのにあれ?と言う事が無い様にしっかり持っていて欲しいです)。
 よいお年をお迎えください。
 

投稿者 nao : 2015年12月30日 23:59

今年も一日の終わりにブログを拝読することを楽しみに過ごしました。
特に今年は小松原庸子スペイン舞踊のブログが
とても印象に残っています。
また観劇の記事は、乙女文楽やリチャード二世他多々
毎回興味をそそられついつい後追い観劇してしまうほど,
素晴らしく、とても楽しみです。
来年の「料理通異聞」、「麹町常楽庵月並抄」シリーズ
出版心待ちにしています。

投稿者 天 : 2015年12月31日 07:57

今年も、大いなる刺激や楽しみを頂き、有難うございました。講演会も聞き応えがあり、劇評は初めて知る舞台、企画も多く、小松原さんのフラメンコも圧巻で素晴らしかったですが、私の中では木ノ下歌舞伎を教わったのが最大の収穫かもしれません。年明けはコクーン「元禄港歌」の初日評が楽しみです。
一昨日、BS京の仕出し料理の番組に「川上」が登場しましたが、実は今年の正月明け、予約をして勇んで出かけたのに、風邪を引いて泣く泣くキャンセル。次々に現れる料理と手際の美しさに見とれながら、来年はぜひ伺いたいものだ、と思いを新たにしました。来年も、これまで同様、ご活躍なさいますよう、願っております。

投稿者 ウサコの母 : 2015年12月31日 20:27