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2025年07月20日
中村京蔵 青嵐の會『新版 山月記』
昨晩はタイトルの自主公演を目黒の喜多能楽堂で観る前に元米朝事務所の大島さんと食事して、終演後は会場でお目にかかった翻訳家の松岡和子さんともご一緒に近所でお茶して帰宅が遅くなりました。
中村京蔵は彼が歌舞伎役者になる以前に武智鉄二師の門下として知り合い、かれこれもう半世紀に及んだ親交を保つ歌舞伎俳優だが、蜷川シェイクスピア劇にも出演していた関係で松岡さんとご縁が出来たため、2年前にやはり自主公演したラシーヌ作『フェードル』を松岡さんとご一緒し、その舞台が大変理に適った意外なほど素晴らし舞台だったので、松岡さんがその感想を述べる会食をしようと提案されて、その日にちまで決まっていたのに、彼がここ数年抱えてきた持病の検査入院で思いのほか難病だと判明したために生憎流れたのだった。
本業の歌舞伎以外にも、「勘定奉行」CMのギャラを注ぎ込んだ毎年の自主公演で野心的な舞台を試みて盛んに気を吐いていた彼が、以来、闘病生活で舞台出演自体がめっきり減って非常に心配されたが、今回ようやく中島敦原作『山月記』の再演で自主公演を果たしたのは、本人のみならず、彼の舞台を観たさに会場を埋め尽くした数多くの関係者やファンにとっても感無量の出来事だったに違いない。余りにもよく知られた作品なのでストーリー紹介はしないけれど、主人公の李徴も友人の袁傪も着附袴で登場し、中島敦の文章をそのまま活かした会話と義太夫の語りにガムラン音楽の効果音を交えた舞台はシンプルにしてストレートに原作の思いを伝えていた。文学者の野心と挫折、孤高にして狷介な魂の有り様を吐露した原作が、舞台化によってより普遍的な人間の苦悩として表現されたともいえる。終演後のトークで、難病の克服が実は大変困難なため、あと何回舞台に立てるか不安な心境を吐露した京蔵は、虎にならずに人間としてとどまれる時間がどんどん短くなる李徴の心境に、初演よりも深く重ね合わせることが出来たと告白したのも本公演の非常にドラマチックな要素だったといえなくもない。そしていつか誰の身にも何らかのかたちで訪れるであろう普遍的な人間の孤独と苦悩を表現してあるが故に、『山月記』は現代人にまで知られる名作となったのを改めて感じさせられた一夜でもあった。