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2025年07月08日
泣くロミオと怒るジュリエット
新宿ミラノ座の鄭義信作・演出「泣くロミオとジュリエット2025」はオールメールキャストで一見ロミジュリをパロったコメディかと思いきや、存外しっかりと原作の穴を穿った戦後80年の今年に観るにふさわしい作品だった。ロミオもジュリエットも、マキューシオやティボルトやベンヴォーリオも原作通りの名前で登場してほぼ同様の行動を起こすのだが、その舞台となるベローナの街は戦後の大阪とおぼしき設定で、三国人の集まりと見られるモンタギュー愚連隊と、警察にも通じている日本のやくざキャピュレット組の抗争が背景となる展開はやはり鄭戯曲ならではというべきか。キャピュレット組がモンタギューのフェイク情報を撒き散らして異民族排斥しようとする展開も実に今日的な問題提起といえそうだ。マキューシオを殺して、ロミオに殺されるティボルトが戦場で負った心身の深い傷や、神父ならぬローレンス医師が戦時中に同胞民族を裏切っていたことなど、共に戦争と結びついた暗い過去を吐露するシーンがあるのもまた鄭戯曲ならではだろう。原作は不和な両家に生まれた男女の悲恋がストレートに描かれるが、この芝居は原作よりも「ウエストサイド・ストーリー」に拠った側面がありそうで、二人が結ばれようとすることによって二人の周囲がどれほど傷ついてしまうかをぐっと掘り下げて描き、誰からも決して祝福されない恋から逃れられない二人の悲劇的運命が粛々と進行する恰好で、主な登場人物それぞれに確たる人間ドラマが設定されているせいもあってか、出演者各位が熱演し好演して観る者を飽きさせない。意外なほど可愛らしく見せたジュリエット役の柄本時生と吃音症のロミオを真摯に切々と演じきった桐山照史には感心させられたし、ジュリエットの乳母とティボルトの内妻を兼ねたソフィア役の八嶋智人がハイテンションで舞台を盛りあげるパワーや役作りの器用さにも圧倒されたし、ほかにも舞台全体の重石となっているローレンス役の渡辺いっけいや原作にはないやくざの若頭ロベルトに扮した和田正人の怪演ぶり、原作より深みのある人物像を創りあげたベンヴォーリオ役の浅香航大などなどキャスティングの的確さが戯曲に相俟って好舞台を印象づけたといえそうだ。演出面では「ウエストサイド・ストーリー」や蜷川演出を敢えて剽窃しているように見えたのがご愛敬でもあった。