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2023年09月15日

キノカブ版「勧進帳」

今後に残る歌舞伎演目は何があるのか?と考えた時に「勧進帳」はゼッタイ外せない!と以前は思ってたのだけれど、最近になって周りの若い人たちに訊くと、どうもさほど感心してない演目のようで、それは演じる役者の問題も大きいとはいえ、内容が根本的に時代とそぐわなくなったのだろうか (?_?) という気がしないでもないのだった。で、結局のところ現在では元禄見得や六法といった歌舞伎勃興期の演技演出法が盛り沢山で何となくドラマチックな雰囲気の舞踊劇という理解で消費されている演目なのだろうが、かつては文句なしに感動できる演目として「またかの関」と揶揄されたほど盛んに上演されていた時代が確かにあったのだ。その感動の原点にあるのはやはり「主従」という関係性で、今日となっては理解や実感が最もしにくい人間関係だけに、現代の若い人たちにこの演目で感動しろ!というのが土台ムリなのかも?と思わざるを得なくなった。何せ昔は「仰げば尊し我が師の恩」なんて歌ってた学校でも、今や生徒がカスタマーとして教師を採点する時代になっちゃったのだから、自分の人生を捨てても大切にしなくちゃならない相手の存在なんてゼンゼン理解できなくて当然なのだとすれば、歌舞伎演目のほとんどがオワコンになっちゃう危機を現在は迎えていて、それは明治維新後や戦後の危機とは比較にならない凄まじいレベルの崩壊に瀕しているといってもいいのである。そんな中で「木ノ下歌舞伎」というハイレベルな歌舞伎演目の再検討運動が沸き起こったのはある種必然的な現象なのかもしれなかった。すなわち木ノ下歌舞伎は決して安易な歌舞伎の現代性を目指すのではなく、常に作品の原点を探り当て、それを外さない形で現代人の理解が届くところへ置換するといった上演の仕方である。それゆえ今回もこの作品の原点にある「主従」関係を軸にした上演であり、その際に「主」となる義経のキャスティングに上演の成否はかかっていて、高山のえみというトランスジェンダーの女優を起用した点が成功の要因だったのは指摘するまでもなさそうだ。木ノ下歌舞伎は一個の劇団ではなくキャスト・スタッフ毎回新たなプロデュース公演なので、そのつど一体どこからこんなステキな役者を引っ張ってくるんだろう?と驚かされるが、今回は義経を演じる高山が舞台で紛れもなく「主君」という異次元のオーラをまとって一行を従える存在と認識された点が非常に印象深い。強力に身をやつす姿を深く腰を屈めた摺り足歩行で表現したシーンも面白かったし、長唄なら〽判官御手を取り給い……と歌う件りで弁慶とのそこはかとない情愛関係を匂わせるシーンは少しも嫌みなく映ったし、とにかく高山によってこの演目における義経という主君の存在がフィーチャーされたことで、改めて作品全体の構造が読み解けるようなところもあった。片や安宅の関を守る富樫と番卒たちはあたかも辺境の守備隊風で「ゴド待ち」的な退屈と寂寥感に満ちた雰囲気に表現され、そこが義経一行にとっては絶体絶命の境地でありながら、圧倒的な存在に弱い辺境の土地ゆえに、富樫は異次元の存在を担ぐ一行の結束力と気迫に呑まれてしまうという読み解きを可能にさせた。弁慶役にはリー5世という関西在住の米国人男優を起用していて、この人がまた神父さんや牧師さんのような見かけと雰囲気の持ち主であることも、弁慶が本来は僧侶であったのを想い出させて、安宅の関の通過は彼が神仏に祈って起こした奇跡のように感じさせる効果をもたらしていた。番卒や太刀持ちと四天王は同じメンバーが二役でそのつどぐるぐる入れ替わって演じるという大奮闘で、それぞれの役が実に個性的に描けているのも現行の歌舞伎よりユニークで面白い一方、現行の「祈りの段」も勧進帳の「読み上げ」も「山伏問答」も「押し合い」も一通り全部やってくれるのだから有り難い。とにかくダレ場がちっともなく最初から最後まで緊迫感が溢れた一時間半の舞台を昨夜は堪能させてもらいました。


コメント (2)


12日は私も第2部で、文楽の見納めでした。歌舞伎と同じ頃に見始めて20年余り、まさか東京で文楽が定期的に見られなくなるとは…。「菅原」全通しを初めて見ましたが、これで最後と思うと名残惜しくて泣けました。今年は研修生応募がなく後継が危ぶまれ、日本が誇るべき芸能がこの国の文化芸術の軽視、反知性主義の余波で消滅するかも…と思うと悔しくてたまりません。
数年前の松本以来、再見した木ノ下歌舞伎「勧進帳」は改めて素晴らしく、この劇評で感動の源が腑に落ちました。初の東京公演は長期間で関連イベントもあり凱旋公演といえ、まだ1週間続き、切符も残っているので、未見の歌舞伎・演劇ファンにはお勧めしたいです。木ノ下さんはトークも内容が濃くて楽しく、ロバート・キャンベル氏との対談も期待大です。。

投稿者 ウサコの母 : 2023年09月16日 12:20

今回の勧進帳で、初めて木ノ下歌舞伎を体験しました。以前から松井さんが褒めていたので惹かれつつ、気が付いたら公演終了か完売が何度も続いており、ようやくこのたび観れた次第です。
大満足でした! 歌舞伎のエッセンスを今日の演劇として再構築した成功例が、まさしくこれなのかと。

投稿者 YO : 2023年09月17日 23:11

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