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2023年02月08日
桜姫東文章 木ノ下歌舞伎バージョン
木ノ下歌舞伎の取り組みの一つに戯曲の再発見というのがあるかと思うが、これと同じ南北作品の「四谷怪談」では現行の歌舞伎だと戸板返しのトリックのために登場するかのような小仏小平の存在をクローズアップして同作品が「忠臣蔵」と不可分な戯曲であるのを再認識させたのが印象的。で、今回はこの「桜姫東文章」が能の「隅田川」の系譜を引いて、あくまで吉田家のお家騒動が骨子となる戯曲として再現しようとした結果、桜姫と松若丸の身替わりに殺される男女のストーリーが復活されていた。ただし今回はいつもの木ノ下歌舞伎とはひと味違って、この戯曲を徹底的に異化する岡田利規の演出で不条理劇の側面が際立って見えたのが印象的である。岡田演出はアカデミー賞受賞で話題になった映画「ドライブ・マイ・カー」の劇中劇で知られるように、セリフは棒読みに近いほどいわゆる芝居臭さを排して役者に演技のミニマリズムを求めた演出だから、従来の歌舞伎とは対極にあるといえて、それゆえこの作品全体の不条理さを明快に示し得たのだろう。中でも不条理が際立つのは完全なモノとして男に扱われる葛飾お十という女の存在だが、それは実はヒロイン桜姫のメタファーでもあって、ラストで完全にそれが覆るところに優れた現代性を見ることも可能だろう。桜姫を演じた石橋静河は優れた身体性によってみごとにそれを表現し得たといってもいい。清玄役の成河や他の木ノ下歌舞伎常連メンバーも岡田演出の要求するミニマリズム演技の中でもそれぞれの個性を鋭く発揮し、長時間の芝居をあっという間に感じさせたのはさすがと申すべきか。