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2022年12月30日

今年の締めくくりにふさわしい「ジョン王」

昨夜シアターコクーンで上演されたシェイクスピア原作/吉田鋼太郎台本・演出の「ジョン王」はまさに本年の掉尾を飾るにふさわしい観劇となった。
世界史で習うジョン王といえば「マグナカルタ」に調印させられた人物だが、憲法の原点とされる「マグナカルタ」は長引く戦争で度重なる軍役と徴兵に対する反発から誕生したことをまず想起しておく必要があるだろう。
ウクライナ侵攻に端を発して世界各国が軍備強化を図り、いよいよ第三次世界大戦の影が本格的に懸念され始めた今年にこの「ジョン王」が上演されたのは、何やら意図せざる符合のようで恐ろしくもある。というのも本来は2年前の上演予定だったのが延期になっての今年だからだ。つまり時期は全く意図しなかったものとしても、舞台はそれを明瞭に意図した演出がなされていて、観客は今や誰もがこの芝居を「戦争の不条理」を描いた作品と認識できてしまうところに恐ろしさを覚えずにはいられない。400年以上前に既にこうした戯曲が書かれていたことは、今や人類の進歩の無さを物語っているようにも思えるだろう。英仏両国間の戦争を骨子にしたストーリーは血縁関係の王族同士が正統性を主張し合う権力闘争であって、そこへ母性愛にかられた王族の女性がからんでますます紛糾するのは、まるで韓ドラ時代劇を見るような感じでもある。そしていったん始まったら最後、戦況によって敵味方の変節や裏切りも相次いで終わりが見えなくなるという、いつの時代も変わらない戦争の普遍的な展開が示されるされる中で、現在の日本が置かれた状況を自ずと振り返らざるを得ない演出であり、これからご覧になる方のために敢えて詳細は書かずにおくが、劇中で反戦フォークが盛ん歌われることに象徴されるように、今回の吉田鋼太郎演出は蜷川演出の衣鉢をきっちり受け継いだ現代性と社会性に充ちたものといえそうだ。
タイトルロールのジョン王はマザコンじみて情けない凡庸の極みのような人物ながら、ミュージカル出演の多い吉原光夫がそれを意外にも静謐な声によってきめ細やかに演じることでリアリティを持たせ、人間の普遍的な心の弱さや迷いを象徴する存在にも見えた。片や小栗旬が演じた主人公のフィリップはジョン王の兄の私生児という立場から王族間の権力闘争に巻き込まれるも、まだ「私利私欲」の誘いも得られない半端な身分ゆえに、ある程度冷めた目で事態の推移を眺める狂言回し的な役柄だから役者のしどころが難しそうだが、現代社会にそのまま通用する穿ったセリフを巧みに聞かせて魅力的な主人公に仕上がっていた。今回はオールメール公演のため、凡庸なジョン王を溺愛する母親の皇太后役には中村京蔵が起用されて、開幕冒頭から歌舞伎役者ならではの所作を披露し、往年の嵐徳三郎の「王女メディア」を想い出させるような存在感を示して舞台を盛りあげてくれた。皇太后に対抗する嫁コンスタンス役の玉置玲央もド迫力の狂乱演技で戦争における女の不幸を強烈に印象づけた。

というわけで本年のブログもこの「ジョン王」の観劇記で締めくくりと致します。
皆様どうぞ良いお年をお迎えください!


コメント (1)


2月にさいたまで「ジョン王」を観劇予定です。今朝子先生の評で良い予習ができました(^^♪
彩の国シェイクスピアシリーズ最後の1本ということで楽しみにしていたのがコロナで延期になり、いずれ上演するはず、と楽しみに待っていました。「鎌倉殿の13人」を完走した小栗旬がどんな私生児フィリップを演じてくれるのか期待しています。当初ジョン王は横田栄司が演じるはずだったと思いますが、心身の不調で降板とのこと。鎌倉殿の和田義盛で燃え尽きたか?

投稿者 マロン : 2023年01月02日 15:39

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