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2022年04月09日
広島ジャンゴ
昨夜渋谷のシアターコクーンで観た蓬莱竜太作・演出『広島ジャンゴ』は久々の舞台になる天海祐希と鈴木亮平のW主演に加えて仲村トオル出演という豪華版で、ここが現在に最も勢いのある商業演劇の拠点であることを実感させた。ただし豪華キャストを活かしきるにはそれなりの大きな器が必要であるにもかかわらず、人間社会の混迷ぶりが映像情報の氾濫で一般の目に触れ心を揺らす現代において、それら全部を掬い取る大きな器のドラマ作りが現代人に望むべくもないのは、何もこの劇場に限らず今日の演劇界全体の問題でもあろう。かくしてこの作品は、いっそ身近でこぢんまりした現実世界から夢に逃避するというありふれた人間心理をテコに大きな世界につながる問題を描こうとする比較的シンプルで素朴な作劇に徹している。舞台は広島の牡蠣工場から西部劇の街ヒロシマに飛んで、工場長の権力意識により同調圧力が強くなっている牡蠣工場で働く子連れの女性パートタイマー(天海祐希)は西部劇の街でさすらいの子連れガンマンとなり、その街を支配するボスに立ち向かって勝利を収める。現実世界では他人はおろか身内さえも救えなかった青年(鈴木亮平)がそうした西部劇のようにスカッとする夢を見てしまう設定ながら、面白いのはその青年が夢の中でも自らがヒーローになれず、せいぜい女性ガンマンを応援する馬にしかなれないことで、その点がいかにも現代の心優しきひ弱な日本人男性らしいリアリティを感じさせた。片やパートタイマーから子連れガンマンに変身する女性が現実の世界でも夢の中でも抱える家族問題は現代社会にありがちな現象のはずなのに、なぜか彼女の存在には今一リアリティが感じられず、弱者の代表としての観念的な存在に留まっているのは何も俳優の責任ではなくて戯曲の問題ではなかろうか。一方で工場長から西部劇の街を牛耳るボスに変わった権力者を象徴する存在のセリフには非常にリアリティがあったし、仲村トオルの好演によって権力者はチャーミングだからこそ恐ろしい存在になり得ることを改めて痛感させたものである。