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2018年11月30日

民衆の敵

きのう29日の夜はシアター・コクーンでイプセン作「民衆の敵」を見て帰宅が遅かったのでブログを更新しませんでした(^^ゞ
このイプセンの代表作に関してはひと昔前のマジな新劇のイメージしかなかったのだけれど、今回は 130年以上も前にこんな芝居があったの (!_+) と驚くほど翻訳も演出も演技もコンテンポラリーなテイストに仕上がっていて、作者自身「喜劇」と捉えていたらしいからコレで正解なのかもしれないが、今までのイメージは完全に覆された感じの上演であるのがなかなか面白かった。地方都市の町おこしにも活用されている温泉の導管に不備があって街中に公害を撒き散らしている現状を告発しようとする医師が、彼を取り巻く周囲の思惑や、結局は自分たちに不都合な真実は知りたがらない民衆にキレて「多数派は常にバカだ!」と罵ることで「民衆の敵」として孤立するストーリー自体、今でも十分通用するというか、世界中で民主主義政治が行き詰まりを露呈している中では何てイマドキなんだろう!と思わせてくれるセリフが満載なのである。出演陣もトレンディドラマと余り変わらない等身大的演技に徹しており、ことに昔ならヒーロー演技に偏りがちな医師役を、堤真一がいささかおめでたい人間風に演じることで、「多数派は常にバカだ!」というセリフも昔のインテリではなくいかにも現代の教養人がいってるように聞こえるのだった。完全なストレートプレーだから途中で余計なBGMはないものの、ジョナサン・マンヴィの演出は転換時に民衆の動きをコンテンポラリーダンス風に見せることでビジュアル面を補強しており、そこに流れる音楽のせいもあってか幕切れを含め蜷川演出の影響を感じさせたものである。


コメント (2)


確かに悲劇は見方を変えると喜劇になりますよね(ロミオとジュリエットなんて今思うと歯の浮くようなセリフを・・・妙に笑えるところが沢山・・・)。でも、民衆の敵はプロレタリア文学のように捉えていましたので、映像が想像できず興味が湧きました。
多数派は常にバカだ・・・正しく、百年以上前も現在もヒトのする事は大して変わらず受け取り方で大きく変わり現代の教養の高い方が言っていても不思議ではない・・・。でも、利権をむさぼる人間はそれを逆手に利用し嘲け指さして笑う・・・と言う印象が湧いてきました。

機会に恵まれれば見てみたいと興味深く思います。

今日は妙におでんが食べたく、明日食べるよう仕込むつもりです。

投稿者 nao : 2018年11月30日 22:42

 「民衆の敵」、来週観に行く予定です。益々楽しみになりました。イプセンに取り組むのは演劇に携わる人にとっては高い山のひとつだと思います。どのようなテイストになっているのか興味がありました。
 ジョナサン・マンビィと堤真一のタッグはアーサー・ミラー原作の「るつぼ」で一度鑑賞しました。その時も大衆心理の恐怖と人間としての尊厳が緊張感を持って描かれ、堤真一、松雪泰子のヒリヒリするような演技が印象に残りました。「るつぼ」は正攻法でのアプローチでしたが、今回はアレンジがきいていそうですね。
 先日「豊饒の海」を観ました。三島由紀夫の4部にわたる大作をどうやって舞台上にまとめるのか予想もつきませんでしたが、時代も登場人物も異なる物語を、ひとつの流れにして見せた手腕に驚きました。

投稿者 マロン : 2018年12月01日 08:31

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