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2018年05月11日

切られの与三

5/10は集英社の伊藤さん、眞田さん、畠山さんと渋谷のコクーン歌舞伎「切られの与三」を観て、帰りに近くのイタ飯でガッツリ会食し、午前サマ帰宅になったので、さすがにブログの更新はできませんでした(^^ゞ勘三郞が亡くなってからコクーン歌舞伎には足が向かなかったが、今回は木ノ下裕一氏が初参画とあって、『師父の遺言』集英社文庫版の解説をお願いした関係で、同社の方々とご一緒に観劇した次第。
 そもそも木ノ下歌舞伎は脚本や演出がいつも別人だから、木ノ下氏が具体的にどう関わっているのかわからないのだけれど、今回は「補綴」という肩書きで想像される以上に木ノ下色が強い印象だった。瀬川如皐の原作「与話情浮名横櫛」は岩波文庫で500頁近い厖大冗長な脚本で、ふつうは「しがねえ恋の情けが仇」の名ゼリフで知られた「源氏店」の強請場を中心としたせいぜい第二~四幕目の上演だが、今回は九幕目までを三時間に収めた上で完全に換骨奪胎した新作といえる。原作は与三郎が元武家の若殿で、最後はそこの家来の犠牲によって無惨な傷痕もすっかり消え失せ元の身分を回復するといった、いささか荒唐無稽な古めかしい設定になっており、そのままでは今の上演に堪えないところを180度転換して、ふとしたはずみで社会の最底辺に転落した良家の坊ちゃんが悪夢のような現実から逃れるべく、いわば自分探しの旅を続けるイメージで主人公の現代的な再生を図ったかたちだろうか。主演の七之助がまたそうした危うい現代っ子の雰囲気を備えた俳優なので、コンテンポラリーさを発揮した好演といえるだろう。ただし歌舞伎の「源氏店」を期待して観たらちょっと肩すかしを喰らうし、この作品は必ずしもそこが見せ場になってはいないのを予め知っておく必要があるかもしれない。相手役のお富も本来のイメージとは違い、与三坊ちゃんに母性的な興味と愛情を注ぐふうに描かれているのがイマドキで、実年齢は七之助よりもずっと若いはずの梅枝がみごとな年増っぷりを披露している。
演出面では下座をほぼ洋楽の生演奏に変えたことでセリフがテンポアップし、与三郎がなます斬りにされるシーンで本火を使うなどして凄味を出そうとしつつも、社会の底辺に蠢く群像を描くには猥雑さが乏しく、セリフからすれば殺し場に血糊を使うなどしてもっとどぎついシーンに仕立てる工夫もありそうに思えた。扇雀や笹野高史を始め当シリーズの脇に定着したメンバーは、それぞれ歌舞伎や小劇場といった出自の違いを余り感じさせずに混然と溶け合ったチームになっているが、今や良い意味でも悪い意味でも歌舞伎と現代劇の俳優に垣根がなくなってきたのをつくづく感じさせられる。たとえば達者な笹野にして蝙蝠安の面白さが往年の歌舞伎役者と比ぶべくもないのは、新劇系の俳優が人物造形に一貫性を求め、一瞬にがらっと人格が変わるような演技を生理的に受けつけないせいなのかもしれない。一方で、歌舞伎のそうした極端な変身変心術は見た目本意の面白さを狙うばかりでなく、ひとりの人生を凝縮しその深みに蟠る真実を取り出して見せる表現法として、現代にはむしろ以前よりもアピールする度合いが強いように思うので、無自覚にというか無意識にそうした演技をふつうに心得ていた往年の歌舞伎役者を偲びたい気持ちにもなる。ともあれ、歌舞伎の現代性を模索する試みとしてのコクーン歌舞伎は勘三郞亡き後もそれなりに健闘しているといってよさそうだ。


コメント (1)


毎度、歌舞伎初心者がお邪魔します。

シアターコクーン、月末くらいに見に行きます。今朝子さまの劇評、とても参考になりました。ありがとうございます。この作品はテレビですら、見たことがないです。コントとかパロディみたいのは、ずっと昔に見たかも。

どんな話なんだろうと予習として、東京創元社から昭和45年に出ている「名作歌舞伎全集16」と、昭和6年に春陽堂から出てる「日本戯曲全集、23、天保嘉永度狂言集」を見比べながら、読んでるところです。

昭和6年のでは、源氏店の有名なセリフは、「モシおとみ、イヤサおとみさん、コレおとみ、久し振りだなァ」となってる。
45年のはもう「エ、御新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、イヤサ、コレお富、久しぶりだなァ」になってる。
「名作歌舞伎全集」に付いてるおまけみたいな月報に、坂東三津五郎氏が芸談を書いているのを読むと、昔の人は丹念に、誰と誰が藤八で、お富の時は、こう言ったとメモに書いていたという。

そういうメモを見ることができたら、十五代目の羽左衛門が与三郎をやった時からだよ、とか、わかるのかしら。

投稿者 せろり : 2018年05月16日 18:25

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