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2015年07月06日

扇田昭彦さんを送る会

今夜は池袋の東京芸術劇場の中ホールで5月に逝去された扇田昭彦さんを偲ぶ会が催され、想像以上に大勢の且つ各世代にまたがって多方面にわたる演劇人が一堂に会したことに驚きを禁じ得なかった。故人の遺影が掲げられた舞台では永井愛、木野花両氏の司会に始まって串田和美氏、野田秀樹氏らの挨拶が続き、ロビーでは麿赤児、四谷シモン、嵐山光三郎といった懐かしの紅テント三人組(写真)やケラリーノ・サンドロヴィッチ、平田オリザ、三谷幸喜、岩松了というふだん接点がありそうもない四人の劇作家が並んで登壇し、市村正親がアカペラで歌いあげて締めくくるなど、他にもロビーには著名な舞台人や関係者がひしめき合っていて、この場合豪華なメンバーという言い方はふさわしくないけれど、とにかく故人がいかに多くの演劇人から信頼され、尊敬され、愛されていた劇評家だったかを証明する会のようだった。それは故人が長老のごとき人徳と、少年のようなピュアな眼差しを併せ持つという、類い希なキャラクターだったことの反映でもあったろう。私はまったく業界外の人間であるわりには会場で結構たくさんの知り合いとお目にかかって話をしたが、いずれも故人に何かとお世話になって、優しい人柄に触れ、頼りになさってらっしゃった方ばかりだったので、業界内のショックは今後薄れるどころかむしろ喪失感がどんどん強まるような気がしないでもなかった。
扇田さんが演劇人を愛し、且つまた愛されたのは、そもそも演劇というものが善悪や彼我を超えて人間のピュアな瞬間を際立たせる芸術だからではないかと思う。
私の知る限り演劇人は一般よりもピュアな人たちの多い気がするのだが、今日たくさんの演劇人が一堂に会した様子を見て、私にはふと妙な疑問も湧いた。学界を始め各界でさすがに反対運動が盛んになりつつある安保法案の問題に、演劇人がいまだ目立った発言や動きを見せていないように思えるのは何故なんだろう?この問題では必ずや先頭に立って動かれたに違い井上ひさし氏が故人になられたせいなんだろうか?それとも今や演劇人の多くが劇場資本に搦め捕られて悪目立ちしたくないという妙な心理が働いたり、オリンピックの演出なんかも手がけてみたいという思惑が働いたりしてるんだろうか?あるいはすでに相当の運動を展開しているにもかかわらず、私の耳目に入って来ないだけなんだろうか?
片や文芸の業界はといえば一応イシハラやヒャクタも作家なわけだし、余りにも色んな考えの人がいる上に、一人でする商売だけに全然まとまりがなさそうだから、別にまとまって運動するなんてことは昔も今もあまり期待されていない感じなのだけれど、演劇人といわゆる「運動」は昔は不可分だった気もするだけに、近ごろの音無しの構えにはちょっとフシギな気がするのでした。


コメント (5)


いつも興味深く、「ホントにそうですね」と読ませていただいています。安保関連法制などに関する演劇人の反対は一応、32劇団・4団体の「新劇人会議」が会見をしたと、6月15日の東京新聞にありました。もっと、目立つ活動を、芝居でも、言論活動でもぜひ、お願いしたいです。野田さんは、いずれ、この経緯をなんらかのかたちで表現されるかと期待していますが、その時、思い通りの表現が可能な世であってほしいと切実に思う訳です。

投稿者 C.Tanaka : 2015年07月08日 08:33

松井さま
ワンダーランド(小劇場レビューマガジン)を編集してきた北嶋と申します。サイト活動をしばらく休んでいましたが、扇田さんが亡くなり、「送る会」が開かれました。世の中の動きに全く触れていないとの指摘、貴重だと思いました。恐縮ですが、報告記事の末尾で、松井さんの記事にリンクしました。不具合、不都合があればお知らせください。
北嶋@ワンダ-ランド

投稿者 北嶋孝 : 2015年07月08日 15:21

松井さま
ワンダーランド(小劇場レビューマガジン)を編集してきた北嶋と申します。サイト活動をしばらく休んでいましたが、扇田さんが亡くなり、「送る会」が開かれました。世の中の動きに全く触れていないとの指摘、貴重だと思いました。恐縮ですが、報告記事の末尾で、松井さんの記事にリンクしました。不具合、不都合があればお知らせください。
北嶋@ワンダ-ランド

投稿者 北嶋孝 : 2015年07月08日 15:21

松井さま
ワンダーランド(小劇場レビューマガジン)を編集してきた北嶋と申します。サイト活動をしばらく休んでいましたが、扇田さんが亡くなり、「送る会」が開かれました。世の中の動きに全く触れていないとの指摘、貴重だと思いました。恐縮ですが、報告記事の末尾で、松井さんの記事にリンクしました。不具合、不都合があればお知らせください。
北嶋@ワンダ-ランド

投稿者 北嶋孝 : 2015年07月08日 15:22

まさしくですね。この社会秩序空間に敢えて異なる空間を構築すということは、ここを拠点に安寧常識を射る、運動体、せめてものトリックスターであるべきだと認識します。なぜ演劇するかですね。

投稿者 渡辺久雄 : 2015年07月08日 17:11

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