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2013年01月13日

祈りと怪物 蜷川バージョン

昨年の師走に渋谷のシアターコ・クーン上演されたケラリーノ・サンドロヴィッチの戯曲を年明けそうそう同劇場が蜷川幸雄演出で見せるというこの企画、以前の野田戯曲の2バージョンに増して全く別物の芝居に見えたことにまず驚かされる。ケラ版を観てイマイチよくわからなかったと感じられる方はこちらも観るのをおオススメするが、夜は6:30開演11:00終演だから覚悟してご覧になったほうがいいだろう。ともあれ上演時間の長さはそれだけこの戯曲を作者以上に丁寧に読み解いて演出しているからであり、その結果、各場面やセリフやキャラクターがそれぞれに屹立していわばデジタル風に面白かったケラ版に比べて、そこに一本の筋が通ったアナログ風の面白さがくっきりと浮かびあがる。芝居とは本来そういうものだと感じてこられた世代には蜷川版のほうがはるかに納得がいくに違いないし、ケラの戯曲のセリフからその一本の筋を見つけた蜷川幸雄の読み解き方に改めて感心した。
ここから先は12月10日のブログと併せて読んでほしいところだが、大まかな筋は怪物的な権力者とその一族エイモス家によって支配された町 ウイルヴィル が 神に見離された世界として崩壊へと向かう中で、人びとのさまざまな愛や夢が消滅するという群像劇であることは大前提だとしても、その核がケラ版では見えづらかったのだが、今回は権力者ドン・ガラスの孤独を可哀想な動物の孤独として理解する飼育員の青年トビーアスをフィーチャーしてそれを核にしている。トビーアスがドン・ガラスの顔を「少しも気が進まないことをしているように見える」というような細部のセリフを緻密にしっかりと立てることによって、蜷川はこの相反するふたりの結びつきを非常に意味あるものに仕立てた。トビーアスは飽くことを知らない祖母ドンドンダーラをも可哀想な動物として世話をしていることで、ドン・ガラスの孤独は今や過剰な欲望に取り憑かれた人類そのものを象徴し、本来無欲でいられたトビーアスのような人間もまた過剰な欲望を持つ人間に巻き込まれて滅びざるを得ず、町全体が崩壊するさまは世界の滅亡を暗示する壮大な悲劇であることが幕切れではっきりとした。そしてトビーアスを演じた森田剛はナイーブさが全身から滲み出ていて素晴らしくリアルな人物造形をしている。ドン・ガラスはケラ版の生瀬勝久があまりにもインパクトの強い演技を見せたのであれを超えるものはないような気がしていたのだが、今回の勝村政信は全く違ったいわば古典的な役作りで権力者の孤独をリアルに演じて自らが消えゆく最終章の幕切れをかっさらった。ドンドンダーラと双子の姉(ドン・ガラスの母)の二役を演じた三田和代も迫力満点で「怪物」とは即ち「欲望」であり、それに呑み込まれていく人間であることを視覚的に表現している。ちなみにこの人物はひょっとしたら作者が「千と千尋〜」からヒントを得てイメージしたキャラクターではないかとケラ版で見て思った私である。
蜷川版はケラ版よりも各人物のキャラクターや行動が全体的リアルに仕立てられている結果、ケラ版では最後の印象が薄くなってしまった父殺しを目指す青年ヤン(染谷将太)が精神を病んだ若者として強く印象づけられ、それだけにまた腹違いの兄妹であった彼を愛してしまったエイモス家の次女テン(中島朋子)の悲劇もいっそう深まった。エイモス家の三人姉妹は長女のバララ(原田美枝子)三女のマチケ(宮本裕子)ともど演技派の女優陣を配したことで、それぞれの個性が際立った点は制作的な成功といるのかもしれない。一方で蜷川は細部のセリフから美しい情景も仕立てている。喪った息子の幻影に取り憑かれた夫婦(大石継太と伊藤蘭)が息子の飼っていたサナギを蝶にして放つ二幕目の幕切れは、この救いのない物語における数少ない美しい抒情的なシーンだといえる。レジスタンスの連帯も壊滅し、人びとのより良く生きたい「欲望」だけが暴走して崩壊に向かう町にあって、できるのはただ「祈り」であるのも一幕の幕切れで視覚的にはっきりとさせた。ほかにもケラが蜷川を意識してギリシャ劇のコロス風に登場させた町の群衆セリフをラップ風にいわせるなど新たな独自性を打ち出す一方で、本水の使用やラストで劇場の搬入口を開くといったお馴染みの手法を交えつつも、この現代を極めてドライに描いた戯曲に抒情的な感動を与えたのはさすが蜷川演出ならではと思わせた。


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