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2012年12月06日

あん肝のブリュレ、牡蠣のパスタ、鶏ローストのゴルゴンゾーラソースほか

元マガジンハウスの中田さんと大宮東口のBuon Viaggioで食事。
『非道行ずべからず』の担当編集者であった中田さんは現在ご主人が起業された会社の経営に携わってご多忙であるにもかかわらず、『非道』シリーズ続編の昭和版といった趣でもある『壺中の回廊』の連載をずっとお読み下さっており、今日はご感想と共にいろいろと参考になるお話が伺えた。そのあと現代社会のさまざまな状況について、不毛な政治や経済活動の行き詰まり等々を話し合う中で、たとえば数学の常識をガラッと覆す定理の発見といったようなものが、迂遠なようでも、意外と世の中を根本的に変えてしまうのかもしれないという話が面白かった。
その話と直接関係しているわけではないのだけれど、私の実感では、とにかく人間が数字というものにこれほど囚われだしたのはここ二、三十年のような気がするのである。職業を選ぶにも年収何百万〜のお仕事というような紹介をされ、アスリートは契約金や報奨金が必ず報道されるのが当たり前だと思うのは五十代以下の人たちだろうし、政治報道に関しても絶えずアンケートをして支持率何%というような数字ばかり示している状況は病的なほどで、それでいてどの政党も政策に差異が見いだしにくく、また立候補者もどの政党から出てもいいような履歴や雰囲気の持ち主だったりするという、何だかAKB的といったらAKBファンが怒るかも状態になっているのは、ここ二、三十で人間の精神性が根本的に変わってしまったからではなかろうか。その背景には電子計算機の異常な発達というものがあるような気がしてならない私である。もちろんPCもNETも計算機的な枠組みの中であらゆる利便性を追求したものであり、金融経済を肥大させて富の集中をもたらす一方、人間はその計算機的な枠組みに取り込まれる中で精神性を徐々に変えられてしまったのだろうと思う。そのことを今さら否定しても始まらないし、また今や多くの人はそれ以前の人間がどんなふうだったかを知らないか、知っていても忘れていたりするのだろうけれど、たぶん現在の世界におけるさまざまな行き詰まりはそこに発祥し、そこから脱却する方法の模索がそろそろ始まりつつある予感を今日、中田さんの話から少し得た気がしたのだった。


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コメント (1)


花の会の後の茶話会で、勘三郎が新歌舞伎座に復帰できるだろうか、とお話した記憶が、まだ新しいうちのこの訃報はとても信じられず、新作歌舞伎は苦手で、この人を好きでなかった私にも非常に大きな衝撃でした。新しい歌舞伎座の完成を目前にして、どんなに無念だったことか、何とも言葉がありません。歌舞伎座建替えの間に富十郎、芝翫、雀右衛門と次々に名優が去りましたが、まさかまだ50代の勘三郎が…。平成中村座の連続公演や数多くの地方公演など、歌舞伎を身近に感じさせる役割を果たし、歌舞伎を広めた功績も大きなものがあり、全力疾走、倍速で生きたのかもしれませんが、あまりにも早過ぎる幕引きで、扇のカナメを失ったような喪失感があります。おっしゃる芸のDNAの消滅を痛感、何だか悪い夢を見ているような気がします。

投稿者 ウサコの母 : 2012年12月07日 22:19

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