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2012年09月18日

ボクの四谷怪談

17日の夜はシアターコクーンで上演の橋本治作・蜷川幸雄演出「ボクの四谷怪談」を観る前にドウ・マーゴで食事。
橋本治は東大紛争の渦中にあって「男東大どこへ行く」のポスターで一躍世に知られた、つまり全共闘団塊世代でありながら同世代にシニカルな眼差しを向けたことで、むしろポスト全共闘の私たちシラケ世代の共感を得る作品を一貫して生み続けた作家だが、彼がまだ作家としては無名に近い28歳で、70年代の真っ只中に書かれたこの戯曲はそれを端的にわからせてくれる。今回はこの幻の戯曲を記憶して発掘した蜷川幸雄が現代に通じるビビッドなロックミュージカルとして蘇らせた非常に面白い舞台だった。何しろ長年「演劇界」の扉絵も手がけているくらい歌舞伎に大変造詣が深い橋本治だけに、鶴屋南北のオリジナル「東海道四谷怪談」を細部まで綿密に踏まえた上でパロディ化している点が凄いのだけれど、民谷伊右衛門はまさに忠臣蔵の仇討ちに参加しないシラケ世代として登場し、東大紛争をやりながら企業戦士にもなれた全共闘世代を髣髴とさせる佐藤与茂七に「お前何やってんだ」と言われ続けるのである。そして伊右衛門はお岩という名の自意識の幽霊に取りつかれて「俺が何をしたっていうんだ!」と自意識に格闘せざるを得ない点が、まさに自意識の牢獄に閉じ込められた現代人の共感を得るのだった。
とにかく鬼才橋本治の面目躍如たる破天荒なパロディは「隠亡堀」で、朗々と「マイウエイ」を歌いあげる与茂七に対して、伊右衛門と直助権兵衛が「ザッツ・エンターテインメント」風に70年代ソング次々と繰りだしながら、最後は全共闘的な与茂七に向かって「みんないっしょに死んじまーえ」と歌い続けるシーンだろう。また「深川・三角屋敷」では直助とお袖が70年代の上村一夫的な「神田川」的な同棲生活に描かれて哀れを誘う。伊右衛門がお岩とふたりきりでレーザー光線に閉じ込められた「夢の場」では美しいバラードが流れ、お岩と思われた顔が伊右衛門に変わる瞬間にこの戯曲の持つ意味がはっきりと伝わってくる。
鈴木慶一の音楽は70年代ロックを蘇らせ、また衣裳も70年風俗を活かしているが、それらがただノスタルジックなだけでなく、今日と同様に行き場を失っていた当時の若者の真情がひしひしと伝わることで、現代に意義深い上演となっている。
戯曲の性格もあって今回の出演者は若い男優陣が光っており、伊右衛門のナイーブさを演じきった佐藤隆太、前回の「あゝ荒野」とは打って変わって今回ヒールに徹して達者ぶりを発揮した小出恵介が共に魅力を存分に発揮している。映画「阪急電車」で注目していた勝地涼が直助の哀しさをしみじみと伝えた点や、伊右衛門の弟のホモ青年を演じた三浦涼介の登場も頗る印象的だった。驚かされたのはお岩を演じた歌舞伎役者の尾上松也で、歌舞伎の所作を踏まえたカラダの動きが美しいのみならず、ロック曲を歌いきる声の良さと音感の確かさで、今後もミュージカルに起用できる逸材を感じさせた。ほかにも麻実れいや勝村政信や瑳川哲朗といった主役級が脇を固める贅沢な舞台でもあった。
ともあれ原作をここまでしっかり踏まえて、ここまで無茶苦茶なパロディにできるか!と唸らせる点で歌舞伎通にもオススメだし、これを観て怒りだすような人は歌舞伎ファンにあるまじき野暮の骨頂といえる。



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コメント (2)


今朝の劇評を読んで、すぐ切符を購入してしまいました。「四谷怪談」と70年代ロックの融合と聞くと、見ずにはおれません。松也君の活躍もうれしく、最近、歌舞伎では難しい位置だな、と思っていただけに、蜷川さんと今朝子さんに認めてもらい、今後の活動の幅が広がりそうで、喜んでいます。現代演劇には疎いのですが、なじみのある俳優達の名前が並び、とても楽しみです。
「しみじみ日本・乃木大将」の時も、昔、つかこうへい演劇に親しみ、乃木将軍にも関心があったので、ブログ読後、観劇しましたし、このブログは私の良い演劇ガイドにもなっています。
先日、ウェブ連載の感想を記しましたが、姉から、「PCがノート型だからじゃないの、デスクトップだと楽に読めた」と言われました。15.6型画面で、特別、小型でもないでしょうが、縦書きウェブでも、スクロール式だと途切れず、スムーズに進めますが、和本の形式では、めくるのがウェブページの方向と逆で、左端をめくるのに<右向き矢印>を押すのが、頭の中で納得してないのかもしれません。

投稿者 ウサコの母 : 2012年09月18日 22:33

 はじめまして。朝早く失礼したします。いつも,読まして頂いています。橋本治さんの「ボクの四谷怪談」とても,良い形で蜷川幸雄さん演出で舞台化されたようですね。うれしいです。本も発行されると,聞きました。橋本さんの作品はとても,好きなのでうれしいです。私は団塊の方々に教師として、教えて頂いた世代で、橋本さんの戦い方を参考に生きてきました。演劇には疎い私ですが、江戸時代が興味深く、とても,楽しみに拝見させて頂いています。

投稿者 epo : 2012年09月23日 07:54

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