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2011年06月01日
グリーンカレー
神楽坂の日本出版クラブ会館でジャーナリストの森彰英氏と対談後に「読書人」の植田康夫氏、水曜社の福島さんと共に会食。
森氏は『武智鉄二という藝術』の著者であり、週刊新聞「読書人」から対談のオファーを受けたのは震災前で、直後の対談はさすがにキャンセル願って、今日やっと実現した次第。
本書に詳しいが、私は20代の頃に森氏と仕事でお会いしたことが2,3度あって、今日なんと30年ぶりにお会いできたのも不思議なご縁というか、武智師のお引き合わせなのかもしれない。
このブログで前にも紹介したが、武智師のまとまった評伝は今のところ本書しかないし、ジャーナリスティックな淡々とした切り口が却って武智師の底知れないスケールを感じさせる名著でもある。
なにしろ武智師に関しては、どこから斬り込んでも群盲象を撫でるふうにしかならず、たとえばまっとうな演劇研究者が、武智師の文楽や歌舞伎に関する業績のみを取りあげて評価の対象にしても、狭い世界のごくわずかな人にしか通じない上に、武智師という実在からは遠ざかった評伝になってしまう恐れがあるのだった。本番ポルノと元禄歌舞伎の復活とを同時進行でおやりなっていた現場に立ち合った最後の弟子としては、そういう人物を丸ごと捉えて俎上に載せて世間に広く紹介してほしかったので、以前、作家の富岡多恵子氏が武智師の評伝をお書きになりたいと仰言った時は、私なりにご協力をしたのだけれど、それが今もって実現しないうちに森氏の評伝が世に出たのである。私自身も物書きなので、評伝を書くようさまざまな方から勧められてはいたのだけれど、身近に居すぎたせいで、却って客観的に書くのは難しくなり、小説の中でオマージュ的に登場させることしかできないでいるのだった。
森氏は武智師の異常なといってもいい多面的活動を端でご覧になっていて、こいつは一体ナニモノだ???というふうなご興味を持たれ、相当な調査をなさってこの本を書かれた上で、やはり「どう考えても武智鉄二はわかりにくい。しかし、そのわかりにくさを多くの人たちが感じ続けていることが、ときには彼を気になる存在として意識して、身近に引き寄せようとする。すなわち武智鉄二が『終わらない』のではなく、『終わらせない』のである」と〆られたが、私にとってもまさにその通りである。武智師が亡くなられてから、「ボクはあなたのずっと前に武智さんの弟子でした」というようなことを、私に打ち明けられたお二人の方、永六輔さんのことも、安部譲二さんのことも、武智師ご本人からは一度も伺ったことがなかった!!!のである。今後もまだまだ隠れキリシタンのように、あちこちで武智師に影響を受けた方が見つかるのかもしれない。
ところで富岡多恵子氏は、一種の思想家としての武智師を評価されていたようだったが、その思想は一口でいうと民族主義であろう。ただし武智師の民族主義は、アングロサクソンの影響下に成立した近代国家としての日本を認めないという点において、いわゆる右翼の国家的民族主義とは一線を画するものであっただけに、非常にわかりづらい点があったのは否めないけれど、日本民族が本来どのようなものだったかを探究する態度はわりあい一貫していたように思う。
今の日本の状態を武智師ならどう見られるだろうか?日本民族は本来どのような政治形態を取るのに向いているのでしょうか?と訊いてみたい気がする。「そりゃあなた、卑弥呼ですよ」と即答されるかもしれない。
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コメント (2)
音羽の近くに住む、松井様と同年代のおばさんです。毎日、ブログの更新をして下さり有難うございます。コメントはしない主義なのですが、本日は武智鉄二氏に関する記述だった為、思わずコメントしてしまいます。
このブログで知った森彰英氏の本、非常に興味深く読ませて頂きました。「そうだったのか」と思うことばかりです。武智鉄二氏の弟子である松井様とこのブログの松井様がいつも焦点を結ばないままブログを読んでいました。
今日、松井様にも評伝を書く勧めがある事を知りました。是非お書きになって下さいませ。待っています。
昨日の新聞で詩人の清水昶さんが70才で亡くなられたことを知り、自分達の年齢を改めて認識させられました。
武智鉄二様も松井様が評伝を書かれたなら、あの微妙な笑みを浮かべられるのではないでしょうか?
追記・このブログは武智系の記事にはコメントが少ないですね。あと、編集者の方が直接連絡されてきて不思議なブログですね。
投稿者 おばさん : 2011年06月02日 16:47
以前にも同じコメントを書きましたが、武智鉄二の著作が読めないのが今の現実です。新刊で何とか読んだのは富岡さんとの対談本「伝統芸術とは何なのか」一冊だけ。「芸十夜」は古本で読みましたが、たいへん興味深い貴重な話ばかりです。松井さんには評伝は別にしても、武智さんの著作が日の目を見るように、出版社に攻勢をかけていただければと思います。岩波は出さないでしょうか。講談社文芸文庫はちょっと違うかも。河出か幻冬舎、どこでもいいです。
投稿者 tatsuo : 2011年06月03日 12:56