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2010年07月01日

井上ひさしさんお別れの会

東京會舘のローズルームに足を踏み入れたとたん、これはダメだ……と絶望的な気持ちになったほどで、まさに芋の子を洗う混雑のなか、この顔知ってる!という人は沢山いても、親しい人と巡り会うのはまず無理だと思われたが、元松竹の大沼氏や元ぴあの坪池さんから声をかけられて、翻訳家の松岡和子さんを発見した時点で少しホッとしたものである。「こんなに人が多いパーティは僕も初めてですよ」と松竹の方がビックリするくらい大勢の人が集ったのも故人ならではだろう。役者や演劇関係者、作家や文芸関係者はもちろんのこと、共産党の不破元委員長の姿まであったのは、左派系文化人としての側面が大きかったことを示している。最初に送る言葉を述べられた丸谷才一氏が、故人の作品をプロレタリア文学の正統な後継として位置づけられたのもむべなるかなである。
送る言葉を述べられたのは丸谷氏のほか大江健三郎氏と演出家の栗山民也氏で、ほかに小曽根真のピアノ演奏と井上芳雄の歌などもあったが、全体の進行がシンプル且つコンパクトだから、故人を温かく送る雰囲気に包まれて盛会のうちに終宴した。ただし盛会過ぎて一度はぐれたら二度と会えない感じで、始めのほうにお会いした方とはお別れの挨拶もできないまま、幸い集英社の八代さんと会えたので帰りに一緒にお茶したのである。
で、私は20年ほど前に富岡多恵子さんが読売文学賞を受賞なさったときの授賞パーティにご招待戴いて
、そのとき挨拶に立たれたのも今日と同じ丸谷才一氏と大江健三郎氏だったため、「あの~文芸の世界では必ずあのおふたりが挨拶なさることに決まってるんでしょうか?」などと、八代さんにバカな質問をして笑われてしまい、「おふたりともかなりご高齢でいらっしゃるわけだし、そうなると、今後この手の挨拶をなさる方って、一体どなたになるんでしょうか?一般にもネームバリューがある人だったら村上春樹とか村上龍とかまでいっきに飛んじゃうんでしょうか?でも村上春樹はきっと日本に帰ってきませんよね」と突っ込んだことを訊いて、八代さんに頭を抱えさせたのであります。


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