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2010年05月15日
鰹のヅケ丼、モヤシと揚げのサラダ
QPのレシピを参考に作ってみた。ヅケにする鰹はそぎ切りにしたあと塩と砂糖を軽くまぶしてから酒と醤油に漬け込むのがポイント。近所の市場でミョウガが安かったので酢漬けにして添えた。モヤシはさっと湯通しして火に炙って切った油揚げと合わせる。生姜とニンニクのすり下ろし、ナンプラー、酢、砂糖、ケチャップ、豆板醤を合わせたエスニックダレで食す。ブロッコリーのスプラウトをトッピングした。
いまだ風邪が完全には抜けなくて、室温が変わると咳が出るし、時間が遅くなるとやっぱりふだんより疲れるので、今夜出かける予定はキャンセルしてしまった。新宿に「風花」という知る人ぞ知る文壇バーがあるのだが、今夜はそこの30周年パーティがセンチュリーハイアットHであって、体調が良ければ出席するつもりだったのである。下戸もいいところの私がなぜ?って感じだが、まだ開店早々の頃に、文化出版の編集者だった友人の福光さんに案内されて、以来、何度か個人的にも訪れていた。なにしろ下戸だから自分では飲む場所を開拓できないので、新宿近辺で人と会うと、最後にふらりと立ち寄るような具合だったのだけれど、ママさんはさすがに憶えてらして、その後わたしが小説を書くようになり、幻冬舎のPR誌「星星峡」で「吉原手引草」を連載していることもよくご存じだという話を福光さんから伝え聞いたのだった。今回のパーティには、幻冬舎の永島局長からヒメを介してご招待を戴いたので、久々にママさんとお会いできるのを楽しみにしていたが、風邪引きでわざわざ人混みに行くにもどうかと思われて失礼した。出席した福光さんから先ほどメールをもらって、柄谷行人氏がお祝いの挨拶をなさったとのことだから、それはちょっと聞いてみたかったような気もする。昨日も文春の人たちとの会食で、浅田彰とか柄谷行人とか蓮実重彦とか当時あんなに流行ったニューアカの人たちって今は一体どうしてるんだろう?当時はまだ若い人が難しい本を背伸びしてでも読む傾向にあったと思われるのに、その後の日本の若者は一体どうなっちゃったんだろう?なんて話をしてたのでした。
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コメント (1)
浅田彰氏は現在京都造形大学の大学院長をなさっております。先日、春秋座の催し物で、井上八千代さんの紹介をされていてびっくりしました。何だか隔世の感がありました。
投稿者 さきみつ : 2010年05月17日 13:00