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2010年03月12日

刺身の盛り合わせ、若竹煮ほか

さいたま芸術劇場でシェイクスピア作・蜷川幸雄演出「ヘンリー六世」を見た帰りに三茶の「肴奉行 儘」で文春の内山さんと食事。
 「ヘンリー六世」は30年ほど前にシェイクスピア・シアターで9時間一気に上演したのを見た覚えがあるものの、去年新国立劇場で上演されて話題になった鵜山仁演出を見逃したために、比較できないのが残念なのだけれど、やはり今回改めて見て、戯曲そのものが大変面白いと感じた。面白い理由は、この戯曲が王権とは一体どういうものかを真っ向から取りあげて、それが日本における王権のありようと近似しているからではないか。偉大なる父王の死後新たな王座に就いたヘンリー六世を取り巻く状況は、英国vs仏国、グロスター公vsウインチェスター大司教、サマセット公vsヨーク公といったさまざまな対立の危ういバランスの上に成り立ち、王は聖性の源ではありながらも脆弱な存在と化して周囲が王権の利用や簒奪を目論むなかで、ついにランカスター家とヨーク家の薔薇戦争へ突入。裏切りと報復が連鎖する、いわば玉座をめぐる「仁義なき戦い」は、日本の南北朝時代や応仁の乱にも似て、ともすれば無惨な現実から逃避的になるヘンリー六世の描かれ方も、応仁の乱の足利義政を髣髴とさせる。ヘンリー六世はそもそも王になるよりも聖職者になったほうがふさわしいといわれる純粋無垢でセンシティブな魂の持ち主であり、だからこそ過酷な現実の前にはあまりにも無力な存在であることが今回はっきりとわかるのは、まず子役で登場するからであり、非常に利口な子で、周囲の争いに絶えず心を痛めながらそれでも周囲に頼らざるを得ない様子を子役が巧みに表現している。この点は、ラスト近くにになって将来ヘンリー七世になるであろう子供が登場するとき、死を目前にした六世がその子に未来を託そうとするシーンと巧く呼応して、特筆すべき演出であろう。二幕目からはもちろん成人した姿を現し、上川隆也が熱演している。ただしこの役に関しては熱演が裏目に出た恰好で、現実に悲憤慷慨するような人物に見えてしまうのは戴けない。現実から逃避して俯瞰してしまわざるを得ない王の苦悩を物語る戦場での肝腎なモノローグが、熱っぽい口調で聞き取りにくくなるのは如何なものか。役の解釈が根本的に違うように思われる。英仏戦争で英国をさんざん苦しめたジャンヌ・ダルクと、戦争後にフランスから略奪されるような形でヘンリー六世に嫁いだマーガレットの二役を演じた大竹しのぶは久々に天才女優ぶりを発揮してくれた感じで、ダルクの神懸かった演技はこの人ならではと思わせたし、後半のマーガレットの悪女ぶりや、子供を目の前で殺されるシーンの迫真の演技は見る者を圧倒する。ただしサフォーク卿との不倫の恋愛模様がイマイチ物足りなく感じられたのは相手役とのバランスが悪いからかもしれない。サフォーク卿役の池内博之も少々遠慮がちに演じているのがわかって、熱愛に身を滅ぼすという雰囲気が出てこないのである。若手の男優で今回特筆すべきは後にリチャード三世になる男に扮した高岡蒼甫の好演だろうか。
ヨーク公役の吉田鋼太郎やグロスター公役の瑳川哲朗をはじめとするベテラン蜷川チームは相変わらず安定感があって、多くが何役もこなすという大奮闘で、おまけに前後左右四方向からの実にスピーディーな登退場を要求される、これまた相変わらず過酷な蜷川演出なので、6時間見るほうも大変だけれど演じるほうはもっと大変と容易に想像がつくから、カーテンコールの熱烈なスタンディングオベーションも当然だろう。表と裏の二方向から見る装置のない空舞台には、絶えず赤バラや白バラが天井から振り、シーンの切り替えごとにこれを掃除するオバサンたちが登場するのも、蜷川が養成したゴールドシアターの成果だろうし、幕開きでは血を思わせる液体が舞台にぶちまけられて、オバサンたちがそれを拭き取った直後に、天井から肉塊がドサッ、ドサッ、と振ってくる。ものを振らせるのが好きな蜷川演出の中でも今回はそれがとくに生々しい迫力に満ちていて、いささかわかりやす過ぎる演出とはいえオープニングの効果は十分にあがった。とはいえ幕切れでもそれが落ちてくるのを予想できてしまうのはいささか興ざめで残念。


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