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2010年02月23日
シーザーサラダ
紀伊国屋サザンシアターで井上ひさし作「シャンハイムーン」を見た帰りに三茶で文春の内山さんと食事。
日中戦争直前の不穏な空気に満ちた上海を舞台に作家の魯迅とその妻、彼らを取り巻く4人の日本人を描いたストーリーだが、前半では自らの人生に強い自責の念を持つ魯迅が緩慢な自己破壊願望を抱いてそれが対人誤認症という症状になってあらわれ、後半では作家として致命的な失語症に陥るという設定で
井上戯曲ならではのスラプスティック・コメディ風に見せながらも、そうした魯迅に近代国家成立以前の中国の混沌とした姿を重ね合わせた実に深みのあるドラマである。ことに後半では中国を愛し、中国を侵略する日本を憎みながらも、日本軍と手を結んだ中国の国民党に追われた魯迅自身が、日本に亡命して自らの作家生命を全うしたい欲望にかられるという自己矛盾を鋭くえぐって見せている。彼が書くために亡命したいと願い、ついに書かれることのなかった小説「シャンハイムーン」のイメージが非常に美しく語られる一方で、上海における現実の闇と向き合うために止まる決心をする過程も丁寧に描かれていて、結果、上海に留まり続けて亡くなった彼を看取った他人はふしぎなことにみな日本人だったという〆のセリフでは少しほろりとさせられて、「作家」を題材にした井上戯曲はやはり見逃せないという気がした。私は初演時を見逃していて今回が初見だが、ロビーでお会いした扇田昭彦氏は初演とはずいぶん感じが違うという感想を洩らされていた。
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