トップページ > コースト・オブ・ユートピア(ユートピアの岸へ)

2009年09月12日

コースト・オブ・ユートピア(ユートピアの岸へ)

シアター・コクーンで今秋の演劇界最大の話題作を見て、幕間に翻訳家の松岡和子さん、演劇評論家の扇田昭彦氏とご一緒に食事。
正午開演で終演が夜の10時過ぎという、演じる側のみならず観る側も相当ハードな公演だが、見応えのあるドラマを求める演劇ファンには是非ともオススメしたい舞台である。なんといってもトム・ストッパードの戯曲が構成もセリフ素晴らしいの一語に尽きるし、それを力業でねじ伏せた蜷川演出と、集中力を遺憾なく発揮して緊密なセリフ劇を創りあげた俳優陣に心から拍手を送りたい。全体のストーリーはロシア革命において先駆的な役割を果たした富裕層出身のいわゆるインテリゲンチアの動向を描いた群像劇で、軸となるのは理想的な社会主義を早くに唱えて他国で亡命生活を送った思想家ゲルツェンと、名門貴族の出身で後にアナーキストに転じるバクーニンだ。第1部ではバクーニン一家の没落を中心にした「桜の園」を彷彿とさせるドラマが展開し、第2部はフランスの2月革命を背景に、思想上でも私生活でも理想を追い求めて挫折するゲルツェン一家が中心に描かれる。第3部は富裕層出身のインテリゲンチア全体がその先駆的役割を終えつつある時代の中で、彼らの存在の意味が改めて問い直されることになる。
第1部で印象に残る活躍をしたのはツルゲーネフやドストエフスキーを見いだした文芸批評家のベリーニンを演じた池内博之で、「桜の園」のエピホードフを想わせるスラプスティック風のドジな演技で笑わせながらも、ヨーロッパ文化に対する多大なコンプレックスを抱えるロシア文化人の屈折した心理と自負の念や、
唯一誇るべき「文学」に対する情熱を余すところなく表現した演技は殊勲賞モノである。またバクーニンの父親役を演じた瑳川哲朗が沈み行く夕陽を見守るラストシーンの表情も実にみごとだった。
第2部は劇全体のクライマックスともいえて、フランスの2月革命に夢破れ、私生活でも悲惨な不幸に見舞われた上で自らの思想信条をはっきりと自覚するゲルツェンのラストシーンが素晴らしく、これを演じた阿部寛もセリフをしっかり肚に入れて観客の心に響かせた。バクーニン役の勝村政信、ツルゲーネフ役の別所哲也、詩人オガリョ-フ役の石丸幹ほか男優陣はいずれも大健闘で配役も非常にいい。女優陣の中では相変わらず危なげないのは麻実れいと銀粉蝶で、純粋であるがゆえ不幸に陥るゲルツェンの妻を演じた水野美紀はニンとしては決して悪くないが、日本人にはなかなかモデルの見いだしにくい大変に難しい役であるために、夫婦諍いのやりとりがいささか単調に見えたのは致し方あるまい。芝居全体の流れが男のロマンに沿っているせいもあって、女優陣はちょっと割を喰った面も否めない気がする。


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kesako.jp/cgi-bin/mt/mt-tb_kesako2.cgi/1290

コメント (1)


1部終演後で30分押しで3部終演は23時過ぎかと思いきや…22時半前に終り安堵。衣装以外台詞カミカミで冗長な演出。10周年時のグリークの緊張感や期待感に比べ冗漫。扇田昭彦サンの新聞劇評に期待。

投稿者 dawn : 2009年09月13日 03:50

コメントしてください




ログイン情報を記憶しますか?


確認ボタンをクリックして、コメントの内容をご確認の上、投稿をお願いします。


【迷惑コメントについて】
・他サイトへ誘導するためのリンク、存在しないメールアドレス、 フリーメールアドレス、不適切なURL、不適切な言葉が記述されていると コメントが表示されず自動削除される可能性があります。