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2008年05月07日
土鍋ご飯、車エビの天ぷら他
5/6は世田谷公演のフリーマーケットに米朝事務所の大島さんとPメディアの三村さんが参加するというので、私もタンスの肥やしをお預けして売って戴く代わりに客寄せのつもりでPLEOをお貸ししたところエライ人気だったらしく、これを売ってください!というお客さんが後を絶たなかったそうです(笑)。私はその間にエッセイを書き上げて、夜は内山さんと一緒にシアター・コクーンで清水邦夫作・蜷川幸雄演出の『わが魂は輝く水なり』を観劇。
この作品を私は初演の民藝公演、宇野重吉演出・主演で見た記憶がかすかにあるが、今回は完全に別の芝居を見ているように初演の印象と違っていた。だからといって全面的に否定するつもりはさらさらないが、改めてこれは作者が宇野重吉の主演をかなり意識して書いた作品ではないかという気が強くしたのである。
篠原の合戦で討ち死にした斎藤実盛を主人公に据え、平家軍と木曾義仲軍の戦を題材にしつつも、この作品に描かれるのは70年代初頭に起きた連合赤軍事件であることは間違いない。
木曾義仲軍は今や巴(=永田洋子)が率いる「血と狂気の集団」と化しているが、実盛はかつて「森の国」にいて「眩しいほど輝きにみちた若者たち」だった彼らを知っていて、彼らに理想をや夢を託した旧世代の左翼を象徴するかのような存在だ。それゆえにこそ宇野重吉の主演が切実なリアリティを持っていたのではないかと今にして思うのであるが、当時は共産党VS新左翼よりもむしろ新劇VSアングラ小劇場の対立の図式が明瞭に意識された時代でもあったから、清水邦夫が民藝に書き下ろしたということの驚きのほうが強かったかもしれない。
ともあれこの作品は新左翼の青年達よりも上の世代があの事件に接した心の痛みというものが主要なテーマの一つであり、そこから老人の若さに対する憧れや、若さを取りもどそうとするロマンが叙情的に語られる構造であるために、今回その実盛役を若い野村萬斎が演じると、そこにどうしても切実なリアリティが伴わないことは如何ともしがたいのである。しかしながら萬斎自身は『リチャード3世』はもちろんのこと『オイディプス』よりもはるかに演技が達者であると感じられたし、実盛が髪を黒く染め化粧をして「ベニスに死す」的な最期を遂げるラストは極めて叙情的な美しいシーンとして成立したから、今や宇野重吉の存在感に代わるだけの老優がいない以上、
この配役がやはりベストだったようにも思える。息子役の尾上菊之助もさすがに何度も蜷川演出に挑んでいるだけあって、もはや歌舞伎役者の他流試合とは思えないくらいにこの戯曲のセリフを巧みにこなしている。今回の上演にもし問題があるとすれば、それは演技者の責任に帰すべきではなく、今日に清水邦夫の戯曲を蘇らせることの難しさを指摘したほうがいいだろう。内山さんは事前に私から連合赤軍のイメージが背景ある作品だと聞いたから面白く見られたけれど、そうでないとチンプンカンプンの芝居だったといい、「やはりこの上演は古典芸能の次代を背負って立つふたりには(全く文脈の異なる戯曲を演じさせるという)教育リーグ的な意味合いがあって、それが一番の成果だったのかもしれませんね」と結論づけられたのだった。
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コメント (2)
今朝子の晩御飯で熱烈ファンになりました。石原保守反動男根主義なんて大笑い!我が意を得たりです。又武智先生の事を書いてくださり有難う御座います。私川口秀子の元弟子です。これからも御活躍お祈り致しております。
あ!亀のでかいのにはびっくり!今今朝子様御本探していますがなかなかありません。売れているんだ!図書館も長い予約待ちですよ。メールアドレスは携帯のもので御免なさい。
投稿者 金子かおる : 2008年05月07日 10:55
川口先生はお元気でしょうか?去年は国立の舞台に立たれなかったので案じておりました。
投稿者 今朝子 : 2008年05月07日 23:31
