トップページ > 藪原検校

2007年05月10日

藪原検校

 漫画家の萩尾望都さん&マネージャーの城さん、生物学者の長谷川真理子さん、国立劇場とポプラ社の矢内さんご夫妻、講談社の中島さんと堀さん、総勢8名でコクーン劇場公演井上ひさし作・蜷川幸雄演出の『藪原検校』を観劇し、終演後に近所の「春秋」で会食。
 私は『薮原』を学生時代にパルコの初演で見ていて、今回はそれ以来になるが、今でもハッキリ想い出せる音楽やシーンがあるくらい、当時の木村光一演出は鮮烈で井上作品にとって画期的な舞台だった。それを敢えて演出し直すのはいくら蜷川さんでも相当なプレッシャーがあったと思う。正直言って私は当時の木村演出のほうがいいかもしれないと思えるところがいくらかあった。しかし木村さんの力がすっかり衰えてしまった今日、蜷川さんでなければ、この作品の復活は叶わなかっただろうし、やはり改めて見て今だからこそ復活すべき作品だと思えたので、公演自体の意味は大いにあったものと確信する。
 木村演出との大きな違いはトーンである。蜷川演出は全体にリアルで故に暗くて非常に重い。戯曲のストーリーだけを見れば確かにそうなのだけれど、木村演出は宇野誠一郎の軽快な音楽と合わせてわざと戯画風で陽気なライトタッチで仕上げ、最後にすとんとブラックに落とす絶妙の味わいがあった。30年以上も前に見た芝居なのに、今回の宇崎竜童の曲よりも宇野音楽のほうが耳に残る曲が多かったし、また近ごろの蜷川さんがよく用いる密室的な箱形装置よりも、ホリゾントを見せて綱を張りめぐらしただけの木村演出の舞台のほうが当時としては新鮮だったし、しかも役者が動きやすく、観客のイメージもふくらんだような気がする。
 全体に重くてテンポの出にくい今回の舞台を救ったのは魅力的な男優陣で、古田、段田はもちろんのこと山本龍二、六平直政いずれも強面ながら色気があって妙にキュートだし、語りが抜群に巧い壌晴彦や若手ながらに芸達者な松田洋治も加わって、今でこれ以上はないと断言できる最高のキャスティングだ。こうした面々を一堂に集めて動かせる演出家は今で蜷川さんしかいないだろう。女優陣も達者なところで梅沢、神保を脇に配し、ヒロインの田中裕子は初演の太地喜和子と全く違った雰囲気で、ああ、この人ってやっぱりふしぎに面白い女優だなあと思わせるものがあった。ただし太地さんの可愛い演技はいまだに瞼に焼きついていて、最期に至る場面は田中の力量不足を強く感じたことは否めない。 
 それにしても演出によってこうも印象が変わるかと思うくらい、壌晴彦の語りに始まって実にリアルなセリフ術を駆使して展開された今回の舞台は最初から最後まで息の抜けない、いささかしんどい舞台ではあったが、リアルに突っ走った分、ラスト近くの松平定信と塙保己一との対話は実に緊迫感あふれるハイライトとなった。時代の変わり目をつくづく感じさせられ、「美しい国」という胡散臭いメッセージが意外に不気味な広がりをみせ、踊らされる民衆と、犠牲になって葬られる存在が生々しく感じられる今日において、定信の登場に象徴される「権力」の恐ろしさをブレヒト流にもののみごとに抽出した蜷川演出はやはり高く評価できるし、そこにこそまたこの戯曲を復活させた意味もあるのだった。ラストの三段切りは古田のリアル過ぎる人形が吊ってあって、頗るぞっとさせられる。ただ木村演出のデフォルメした巨大な人形の味もやはり捨てがたいように思われた。


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kesako.jp/cgi-bin/mt/mt-tb_kesako2.cgi/407

コメントしてください




ログイン情報を記憶しますか?


確認ボタンをクリックして、コメントの内容をご確認の上、投稿をお願いします。


【迷惑コメントについて】
・他サイトへ誘導するためのリンク、存在しないメールアドレス、 フリーメールアドレス、不適切なURL、不適切な言葉が記述されていると コメントが表示されず自動削除される可能性があります。