トップページ > 五穀米弁当、もっちり豆腐
2006年08月30日
五穀米弁当、もっちり豆腐
整体治療の帰りに東横のれん街でゲット。
10年後のオリンピック招致先候補が東京に決まったところで、どうも喜んでるのは石原だけのような気がするのは、まず第一に北京の次の次が日本になる公算はどのみち低いからだけれど、今の若い人に「世界中のアスリートが東京に集結するんだよ」なんて言って聞かせても、だからどうよ!だろうし、過去の東京オリンピックを知ってる世代だと「ああ、ホント日本も変わったし、自分も年取っちゃったよなあ」とチョイ憂鬱になる人もあろうかと思う。
かつて東京でオリンピックが開催された年、私は小学5年生で、今もNHKのプロ野球中継で流れるテーマミュージックを聞くとその当時のことが鮮明に想いだされる。私の中ではちょうど小学校の5年くらいから今日に至る自我が形成され始めたという感じで、ほかの記憶もそれ以前に比べてぐっと鮮明になるし、演劇に目覚めて早稲田の演劇科に進学したいと思い立ったのもちょうどこの年であった。
演劇に目覚めたのは担任の先生が宇野重吉を崇拝する演劇青年だったからで、私が学校の先生の影響を強く受けたのは後にも先にもこのときだけだった気がする。それ以前は自閉的でぼんやりしてたし、以降はずっと先生というものを心のどこかでバカにしていた実にクソ生意気でたちの悪いゴーマンな優等生だったので、自分は先生には絶対になりたくないと思っていて、むろん教職は取らなかったし、大学院をやめたのも教員になりたくないのが最大の理由だった。
子どもが事件を起こすとよく周囲が「あんなに良い子が、とても信じられません」というようなコメントを寄せるが、おざなりで言ってるならともかく、本当にそんな風に感じてる人がいるとは信じられなくて、表面的に良い子に見えるのは大概ワルとはいわないまでも、どちらかといえば大人を警戒し嫌っている子どもだと判断したほうがよさそうに自らの過去に照らして私は思うのである。ただしそういう子どもでも、年を取るに従ってだんだんと自分の欠点や限界に目を開き、他人に寛容になっていくはずだという逆性善説を信じていて、だから周囲がそういうタイプの子に鈍感なのが残念に思われてならないのだ。
ともあれ昔の東京オリンピックの当時と今とでは本当に色んなことが変わってしまったと改めて感じてしまう。10年後はもっと変わってるどころか、まだ人類がいるの?といいたいくらいだけれど、わが家は42年前のマラソンと閉会式のチケットを入手し、私もそれが見られるはずだった。しかし平日だったからなのか、日帰りが無理だったのか、とにかく1日学校を休まなくてはならないために、親にいわれて一応その演劇好きの担任にお伺いをたてたところ、学校は休んじゃダメだ!と一蹴されて、結局見られなかったのがいまだに悔しい(笑)。今どきの親なら黙って学校を休ませるにちがいない。思えば当時はそれほどまだ学校や先生というものを親たちが尊重していたのである。
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kesako.jp/cgi-bin/mt/mt-tb_kesako2.cgi/154