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東洲しゃらくさし

東洲しゃらくさし

とうしゅう しゃらくさし
2001年 PHP文庫
648円(税別)
ISBN4-569-57600-1


 寛政の改革の嵐が、ようやくに治まった時代。大坂から江戸に下った二人の男たちがいた。一人は、上方を代表する歌舞伎の作者・並木五兵衛。東洲=江戸が物事の中心となる時代を予見し、かの地の芝居への鞍替えを決意したのだった。これに先立ち、単身、江戸へ向かったのは、歌舞伎の道具方を務める職人の彦三。真を穿つその絵の才能を五兵衛に見込まれ、とりあえずは江戸の芝居の様子を五兵衛に知らせる役を果たすはずだった。やはり彦三の才能のただならぬことを見抜いた版元・蔦屋重三郎は、彦三の芝居絵を売り出そうと目論む。目に入るものの真の姿を描くことでしか己を表現できない彦三と、芝居という作り事の世界に生きる五兵衛。「虚」と「実」の狭間で、男たちが見たものは……。

キャラクターガイド

彦三 ひこぞう

 阿波の貧しい藍百姓の家に生まれ、大坂へ出奔。歌舞伎大道具の彩色方となった男。五兵衛の頼みで江戸に向かい、そこで思わぬ運命と出会うことになる。

並木五兵衛 なみきごへえ

 上方で飛ぶ鳥落とす勢いの狂言作者。三百両という破格の支度金を得て、江戸下りを決意。「実(じつ)」をよりどころにした芝居で、江戸の劇界に挑む。

蔦屋重三郎 つたやじゅうざぶろう

 日本橋に書肆「耕書堂」を構える版元。山東京伝の草双紙、喜多川歌麿の大首絵などで大当たりをとるが、お上の厳しい統制で身代半減の憂き目にあう。

二八 にはち

 蔦屋に寄宿する戯作者志望の男。彦三を絵師として売り出そうとする蔦屋の手足となって、親身の世話を焼く。もとは武士の出で、のちに一九(いっく)と改名。

宇兵衛 うへえ

 五兵衛が招かれた江戸の芝居小屋・都座で、金銭の出入りを管理する「帳元(ちょうもと)」を務める。二代目瀬川菊之丞の奉公人から成り上がった男。

瀬川菊之丞(三代目) せがわきくのじょう

 二代目瀬川菊之丞の養子となり、江戸を代表する女形として君臨するようになる。富三(とみさ)と名乗った大坂での下積み時代に、五兵衛と交流があった役者。

書評ピックアップ

 己れのなかにある何物かに駆り立てられるかのように絵筆をとり、芝居の役者絵から遂には自分が望んでいた本当の風景を獲得していく彦三−−その純粋な魂の彷徨は、版元と芝居小屋の軋轢等といった俗事と比較されることでいっそう輝きを増し、彼の、自分は百姓として国を捨てたという負い目と重なって、確かな感動を呼び起こす。(縄田一男氏評・週刊現代)

文庫あとがき抜粋

 そして、恐らく、数ある作品中、これほど切ない退場の仕方をした写楽は他にいないのではあるまいか。更にラストの彦三の独白「−−もう逃げられぬ。逃げてはならぬ」からは、人は所詮、人には分からぬ歌を歌い続けて生きていくものだ、という思いが伝わって来て粛然とさせられる。(文=縄田一男氏)